第9話 レイ登場(警戒)
「王よ!」
敬愛する王が立っている。薄っすらと見える顔は微笑んでいた。セツヤは必死に手を伸ばす。
「王よ!」
王はセツヤの背後を指差す。その先には光があって、戻れと言っているのだとすぐにわかった。それでもセツヤは王の下へ行こうとする。手を伸ばして走った。
「待って! 待ってください!」
この機会を逃せば……会う事はない。なぜかそれだけはわかった。王は苦笑して首を横に振った。
来るな。
そう言われている事はわかっている。それでもセツヤは王の下へ行こうとする。だが、王は背を向けて暗闇の方へと歩き出す。遠ざかる背中を必死に追うセツヤは足を動かしているのに全く前へ進めていないと感じる。
「王よ! 待ってください!」
このままでは離される一方だ。追いつく事などできない。王はゆっくりと歩いているのに、その距離は開く。どんどん遠ざかる王へ手を伸ばす。涙も溢れてきて……王の姿が見えなくなっていく。
「王よ‼」
ハッと目を開ける。
ベッドに寝転んだまま左手を伸ばしていた。右手は毛布を力強く掴み、過呼吸かと言うほど息が荒い。
「ゆ、め……?」
上体を起こすと毛布に水滴が落ちていく。どこから落ちているのか、頬を触ってみると手が濡れる。どうやら涙を流していたとわかった。夢を見ながら泣いていた事に気づいて……。
「……何を見ていたんだ?」
なぜ泣いていたのかわからず、首を傾げる。何か夢を見ていた事は思い出せる。だが、何を見ていたのかまでは思い出せなかった。とても悲しい夢を見ていたのだろう、こんなにも胸が締め付けられるのだから。
セツヤはベッドから出る。このまま寝る事などできそうになかった。
「おっと」
フラフラする身体。ベッドに手を置いて支えるが、そのまま膝をついた。上手く力が入らない。それもそうだろう、3日ほどここで寝ていたのだ。さらに言えば死の森でどのくらい意識を失っていたのかわからないほどいた。セツヤは知らないがとても長い間、何も食べていなかったのだ。空腹で力が入らないのは当然である。
そんな事など知らないセツヤは首を傾げていた。そこへ腹が鳴る。
「……あぁ、腹が減ったのか」
先ほどまでの胸の締め付けが取れると空腹だったのだと気づいた。1つ頷いてセツヤは壁伝いで歩いて行く。まだ太陽が出ていないのか、室内が暗い。どこへ行けば食事が取れるのかもわからなかったが、空腹で眩暈さえする。何か食べないと餓死するとまで思わせるほどだった。
セツヤはゆっくりと歩いてリビングと思しき場所を見つける事ができた。倒れる寸前まで来ていたので助かったと思う。
「やあ!」
食卓があり椅子に座っている少女がいた。ウェーブした金色の癖毛、同い年くらいだが、雰囲気で少し大人びた印象を受けたセツヤ。笑顔だが緑の瞳は笑っていない。とても敵意を隠しきれていない少女は名乗る。
「私はレイ! 君は?」
少女、レイは対面の椅子を指し示す。そこに座れと言っているのだとわかったセツヤは頬を掻いた。このまま座っていいのか、困った顔でレイを見る。警戒している相手の前に座るのも居心地が悪いと思っていたのだが、頷いてみせるレイはにこやかにしている。もちろん目の奥は笑っていない。
「俺はセツヤ」
空腹で立っているのも辛かったのでセツヤは椅子に座りながら名乗った。レイの目が鋭くなった事にセツヤは気づいた。警戒しながらも笑顔はやめないレイ。
その姿にセツヤは困っていた。確かに怪しく見えても仕方がないのだろう。それでもセツヤは本当に記憶がないのでどうしようもなかった。そんな事などお構いなしにレイは身を乗り出して聞いてくる。
「父さんから聞いたよ? 記憶がないんだって?」
父と言われてエルトスと似ていないなと思うセツヤ。失礼な事を思ったが仕方がないだろう。エルトスは厳つい顔で目の前のレイは綺麗な顔をしている。目鼻立ちが良くかっこいい美人とでも言えばいいだろうか。きっと母親似なのだろう。
そう考えているとレイが深く椅子に座り直した。そして笑顔をやめて睨みつけてくる。
「私は君を信用していないんだよね。むしろ敵なんじゃないかとさえ思っているよ」
率直に堂々と言ってみせるレイ。腕を組んでジッとセツヤを射抜くように、一挙手一投足見逃さないぞと言う気概を持っているようだ。その事に苦笑するセツヤはどう答えたものかと考えを巡らせるが……上手く思考できない。
(あぁ、空腹で頭が回らないんだ)
困ったセツヤは頬を掻く。本当に記憶がないのだが、それを証明できるものでもない。どう言っても信じてくれないだろうなと思いながらも口を開こうとして止める。
エルトスがやって来たからだ。
「そこまでにしておけ」
「はーい」
エルトスに言われて引き下がるレイ。エルトスは近くで聞いていたのだろう。セツヤを一瞥してからレイを見ている。余計な真似はするな、とでも釘を刺しているようだ。レイはエルトスと視線を合わせる事はなく、セツヤから視線を離さない。そのレイの見る目には敵意が含まれ続けた。居心地が悪いセツヤは心の中で大きくため息を吐いていた。
エルトスはレイの態度が変わらない事に肩を竦める。ジッと黙ったままのレイを無視してエルトスは台所へ移動した。エルトスが朝食の準備をしていると寝ぼけ眼の少女が入ってくる。目を擦りながら椅子に座り、少女はセツヤを見て興味なさそうにあくびをした。
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