第8話 戻らない記憶
「体調が万全になったら出て行けよ」
エルトスはそれだけ言うと出て行った。冷たく感じるが、体力が落ちているセツヤを放り出すほど鬼畜ではないと感じた。セツヤとしてもそれは仕方がないと思っている。
辺りが薄暗くなってきてセツヤはベッドに寝転んで考える。ボンヤリと天井を見つめながら自分が何者だったのか思い出そうとした。
(駄目だ……俺が今まで何をやって来たのか、どうやってここに来たのかさえ思い出せない)
記憶がないので全くと言っていいほどに何も浮かばない。自分の両親の顔すら思い出せない。孤児なのかもと考えが及ぶ。しかし、それならば成人もしていないと思うセツヤはどうしてこの家まで来たのかと疑問が浮かぶ。この家の前に倒れていたのはどういう事なのか。
エルトスの警戒感から怪しいと思われている事も気になった。
(俺はどこで生まれてどうやって生きてきた? それにこの家の前にいたのはなぜだ?)
必死に考えるが……。
(うーん、本当に何も思い出せない)
どうして自分の事なのに思い出せないのかが不思議に思えるくらいに、何も手がかりないと感じた。
ふとセツヤの持ち物だと言われた剣を見た。漆黒の鞘で華美な装飾をしているわけではない、地味に見える剣だと感じた。それでもエルトスが言うのに聖剣の類であると言う。
セツヤには本当かどうかなどわからない。わからないが、こう思った。
(こいつなら何か知っているのかな)
剣と意思疎通ができるとは思えないが、ずっと一緒にいたのではと思う。本当に自分の剣なのかもわからないが。もしかしたら両親の形見では、と考えに至って……セツヤは首を横に振った。
(何となくだけど、この剣は俺の物だと感じる。両親からもらった物ではないと断言もできる気がする)
上体を起こしてそっと剣に触れてみる。
「くっ……!」
頭が割れるように痛い。剣から触れるなと言われているようだ。それでも触れ続けていると吐き気がしてくる。何も食べていないので胃液しか出そうにないが、このまま触っていると口からぶちまけてしまう。
(ここで逃げるわけにもいかない、よな)
関係ないと柄を握る。視界がぐちゃぐちゃになるほどの痛みが全身を駆け巡った。だが、セツヤは離さない。
完全なる拒絶。
それがわかってもなお握り続ける。絶対に離さない。意地ではなく、この剣がなぜこんなにも拒絶しているのか……知りたいと思ったから。何かあるのではないだろうか、と思うから。ジッと歯を食い縛って我慢したまま握り続ける。すると……?
(あれ? 痛みが……引いた?)
急にづ通が消えて吐き気も治まった。なぜ痛みがなくなったのか。驚いていると剣から悲しみの感情が流れてきた。とても申し訳なさそうに泣いていると感じる。
必死に泣きながら謝られている。そんな気がした。なぜこんなに謝ってくるのか、理由は1つしかない。
(この剣は拒絶したくてしたわけじゃないんだ。持ち主を傷つけてまで拒絶している事に深い悲しみを感じるし)
剣の感情がわかる時点で不思議に思うはずだが、セツヤは優しく鞘を撫でる。何となくだが、この剣の意思みたいなものが流れ込んでくるのだ。深くは考えずにセツヤは剣を大事にしている相棒なのだと、わかってもらいたかった。
「大丈夫」
そう囁きながら撫で続ける。剣は淡く光って、セツヤを包み込む。その温かな光に包まれながらセツヤは目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます