第6話 何者か
「待ってくれ!」
必死に手を伸ばすセツヤ。その先には誰かがいる。それが誰だかわからない。だが、手を伸ばして掴まないと駄目な気がして……セツヤは手を伸ばす。
「待ってくれよ!」
消えていく。伸ばした手が届く事はない。近くて遠い大切な何か。
「待ってください! 王よ!」
王が……消えた。そう王だ。とても大切で守るべき存在。その存在が消えた時、セツヤは悲しみに支配される。膝をついて涙を流すセツヤは手で顔を覆う。その姿を誰かが見ている。気配に気づいて顔を上げた。
「お前は……」
親友だ。そう親友だ。それなのに……。
「どうして顔もわからないんだ!」
影になった顔を必死に見ようとするが、見える事はない。それはセツヤが親友の顔を思い出せないからだ。その親友は手を伸ばすセツヤを見ていて。
どこか悲しげに感じる。それはセツヤも同じで。もう会う事はない。お互いにそう思っている。
「どうしてだよ……!」
名前も姿も思い出せない。セツヤは涙が溢れる。親友は背を向けて歩き出した。親友が離れていくと影となって消えていく。絶対に失いたくない。そう思っていても……消えていく。
「待ってくれ! お前まで……行かないでくれ!」
手を伸ばしていると温かな何かに触れた。それに触れた瞬間だった。どこか安心する温もりにセツヤはグッと掴んで……目を勢いよく開けた。
心臓が早鐘を打って汗で衣服がびっしょりと濡れている。息も荒くて意識して呼吸しないと空気が吸えないほどだ。
「……手を離してもらえるかしら」
声のする方を見る。美しい碧眼と吊り上がった目尻によって気の強い印象を受け、金色に輝く髪は腰辺りまである。まつ毛は長く、鼻立ちもスッとしていてとても整っている。想像の中でこんな美少女がいたら見惚れてしまう、そんな絵画のような少女がいた。
何も反応のないセツヤへ不機嫌さを隠しもせずに手を持ち上げてくる。少女の手にはガッシリとセツヤの右手が握られていて。
「あ、あぁ……ごめん」
慌てて手を離すセツヤ。上体を起こしてふと周囲を見る……ここがどこなのかわからない。部屋の窓際にあるベッドに寝かされていたのはわかるが。
「起きたのなら父さんを呼んでくるわ」
少女は椅子から立ち上がって部屋を出て行く。ずっと不機嫌だった少女の背を見送っているとセツヤの胸中には寂しさが去来した。この寂しさに首を傾げる。何かあった気がするが思い出せない。呆けたままセツヤは自分の手を見た。
「あー、申し訳なかったな」
手汗が酷く少女も不快であったのだろうとわかった。服も汗だくでピッタリと張り付いている。汗を流したいな、と思っていると。
「起きたようだな」
男が入ってきた。40歳くらいで頬に傷のある男は少女が座っていた椅子に腰かけてセツヤをジッと見る。そして男は口を開いた。
「俺はエルトス」
エルトスは名乗る。そしてセツヤを警戒した目で見ながら単刀直入に聞いてくる。
「お前は……何者だ?」
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