第5話 死の森の魔女

 魔女イルミアは散策していた。フードを目深に被り表情は見えない。少しだけ見える銀髪とゆったりしたローブを着ている。そんおため体型も何もわからない。

 周囲を見回しながらゆっくりと歩くイルミアはとても退屈そうにため息を吐いた。


「はぁぁ、何か起こらないかしら」


 ここは死の森。魔女であるイルミアを守る聖域とでも言えばいいのか。悪く言えばイルミアを縛っている場所。外の様子すらもわからないイルミアは出る事を諦めている。

 イルミア以外の人や動物は生きていけない。生きているのは木々のみ。鬱蒼と生い茂った木々のせいで太陽の光さえも入りにくい。薄暗い森の中でイルミアは生きていかねばならなかった。


「……あら?」


 黒髪の少年が倒れていた。死の森には宝がある、そんな噂を聞いた者の末路。それがこの黒髪の少年のような者たち。

 そう、この森に入ると出られなくなる。さらに言えば、彷徨っている内に魔力を木々に吸い取られて動けなくなる。人には少なからず魔力を持っており、魔力がなくなると意識を保つ事ができなくなる。魔力とは人が生きていく上で必要な物なのだ。

 意識を失うと木々は養分として取り込んでしまう。イルミアが外の様子を知らないのも生きている人と会う事がないからである。

 だから別に珍しくもない光景にイルミアは一瞥しただけでその場を離れた。興味もなく退屈凌ぎにもならない。


「何か起こらないかしら」


 また呟いて散策を続けた。



 だが、数日後に行くと……。


「あら? まだいるわ」


 黒髪の少年はいた。普通ならば木々に吸収されて骨も残らないのに、黒髪の少年は意識を失ったまま存在している。

 少しだけ興味が湧いた。思案して偶然という可能性も捨てきれないとイルミアはその場を後にする。連れて行こうとまでは思わなかった。

 きっと魔力がなくなれば木々に養分として吸収されるだろうから。この時のイルミアは気づいていなかった。普通ならば魔力を吸われて気絶しているのであって、もう魔力は残っていない。養分となっていてもおかしくはないはずなのに……いつも通りの光景過ぎて思い至らなかったのだ。

 黒髪の少年の特異性に――。



さらに数日後。


「まだ、いるわ」


 驚きイルミアは好奇心に支配される。

 そうまだ黒髪の少年はいた。意識を失っているが養分になりそうにない。これは何かあると黒髪の少年をジッと観察していると驚愕の事実が判明する。


「え……? 魔力がない。それなのに養分になっていないわ」


 黒髪の少年は魔力を吸い尽くされているはず。それなのに意識を失ったままで養分になっていない。


(研究したい!)


 イルミアは知的好奇心を駆り立てられ……黒髪の少年を家へ連れて行った。



 家に着いて黒髪の少年を唯一あるベッドへ寝かせる。黒い服を脱がして身体を隈なく調べ上げていく。


「これは……!」


 死の森の呪いである魔力の自然回復無効と、もう1つ呪いが付与されていた。やはり死の森の呪いを受けているはずなのに養分になっていない事に驚く。

 さらにもう1つの呪いは解呪できないほど複雑怪奇で理解できない。何の呪いなのか、全く見当もつかない。いや、理解が及ばないと言った方が正しい。

 なぜならば――。


「女難……かしら?」


 なぜこんな呪いが付いているのかわからず、女で苦労すると言う事。だが、これは黒髪の少年を守っているモノではない。

 では何が黒髪の少年を守っていたのか。


「あぁ……そう言う事」


 ついに見つけた。

 黒髪の少年を守っているモノ。それは――。


「天使の加護……ね?」


 きっとこれが黒髪の少年を守っていたとわかる。

 イルミアは考えた。


(面白い加護だけど……取り扱い注意って所かしら?)


 黒髪の少年を研究すればもっと面白いモノが見られる。そう感じるが、下手をすれば危険に晒される可能性があった。

 ではこのままにしておくのか。


「いいえ? 否! だわ!」


 イルミアは黒髪の少年の遺伝子を拝借。これで研究が捗るだろう。たった数本の髪の毛だが、とても価値がある。

 この髪の毛を使って何をしようか。夢が膨らむ。


「あなたを助けてあげるわ。面白いモノも貰ったから……ふふふ!」


 黒髪の少年を転移させる。場所は――。


「あぁ、あそこがいいわね」


 1つ思い至った場所へ。きっとあの者たちも喜ぶだろう。最初は警戒するかもしれないが、それはこの黒髪の少年がどうにかするだろう。

 魔法を発動。もちろん無詠唱だ。この程度は児戯にも等しい。


「また会いましょう?」


 イルミアは黒髪の少年へ微笑みかける。そして光に包まれていく黒髪の少年を見送った。

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