第43話 秘密の言葉



 特にこのサイモンは、看過できない問題として、捉えているようだ。

 まぁ、それも仕方無いのかな・・・と、三個目の菓子を食べながらマリウスは思う。



 フェルがエルーガ国王に就く決意を固めたのは、ダーヴィッドが背中を押したからだ。


「あなたが国王となるのならば、私は全力で支えます」

 そうダーヴィッドに言われたのが全てだったと、マリウスは感じている。


 状況が違うとはいえ、同じ事を言って突っぱねられたサイモンは、立つ瀬が無い。

 もちろんヨークレフトの家臣だけの、内々の議論で出た言葉だったが、サイモンの耳にも届いたのだろう。



 サイモンが、いかにも不満だという顔つきになったので、マリウスは、

「ヘレン王妃の処遇については、サイモン卿のご意見が通ったと聞いています。先の王妃様を牢に入れるというのは、大きな決断です。フェ・・・えっと、陛下がサイモン卿を重んじているからこそ、できた事だと」

 と、少々持ち上げるような事を言ってみた。


「私も、その件に関しましては安堵いたしました。国民の要求は、『王妃の断罪』でもあった訳ですから、生半可に情けをかけてしまっては、後のファーディナンド陛下のご治世に悪影響です」

 効果はあったらしく、サイモンは少しだけ口元を緩ませる。


「ダーヴィッド卿が反対なさると思っておりましたが・・・。卿は高貴な血筋ながら、なかなかの野心家ぶりだ。ご自身の栄達のために、恋人を見捨て、老婆を手玉に・・・あ、いえ・・・」

 サイモンはあわてて言葉を濁し、お茶を飲んでごまかした。


 子供の前で口が過ぎた、とでも思ったのだろう。

 何を揶揄しているのか、マリウスにはすぐ分かったが、その場は知らないふりをして、お茶のお代わりをもらったりする。



 恋人を見捨てた、というのはヘレン王妃の事だ。


 ダーヴィッドとヘレン王妃が、恋仲だったという噂は、マリウスも知っていた。

 王妃は牢で死んでしまったけど、ダーヴィッドの様子は変わっていないようだから、本当に噂だけだったのかもしれない。


 老婆を手玉、というのは王太后の事だろう。

 フェルを王位に就けるため、「ダーヴィッドが王太后を誘惑して、手紙を書かせた」という噂だ。


 王城の貴族だなんて、上品ぶって偉そうだけど、井戸端のおばさんたちと変わらないじゃないか。

 結局どこの大人も、こんな話ばっかりだよね・・・と、マリウスはうんざりする。



「・・・に、しましても、陛下はダーヴィッド卿を頼りすぎです」

 サイモンは、巧みに話題を横にずらして、話を続ける。


「政府の閣議でも、私が申し上げた事にはご同意なさらないのに、同じ事をダーヴィッド卿が申されると、すぐにご同意なさる」

 言い募るサイモンの顔が、また渋いものとなった。


「それは・・・陛下がダーヴィッドに、話の確認をしているのだと思います。まだ国の事は、分からない部分もあるでしょうから」

 すかさず、マリウスが補足する。

 けれど今度は、表情を変えないままで、サイモンは首を振る。


「それならば、私にお聞き返し下さいと、何度も申し上げておりますのに、一向に改めて下さいません。しかもお二人はヴルツェル語を話されるのです。小声ではありますが・・・あれはいけません。『陛下は実は、エルーガ語をご理解されてないのでは』と、言い出す臣下も出てきているのです」

 そう言って、今日一番の、大きなため息をついた。


 マリウスには・・・サイモンが苛立いらだつ気持ちが、よく分かった。



 フェルは、ダーヴィッドとパウル卿の二人とは、ヴルツェル語で会話をする。

 ヨークレフト城に引き取られて、最初にフェルとダーヴィッドが会話するのを目の当たりにした時、マリウスは、二人だけの秘密の言葉を話していると思ったのだ。


 マリウスの前では、フェルもダーヴィッドもエルーガ語で話してくれた。

 だが、二人のヴルツェル語での会話が聞こえてくると、自分がのけ者にされているような、寂しさを感じていた。


 ヴルツェル語を習うようになって、会話が理解できるようになると、そんな気持ちも薄れて行ったけれど・・・。



「・・・おや、コライユ語の本ですか」

 サイモンの声に、マリウスはハッと我に返る。


 テーブルのすみにあった本に、サイモンが目を留めていた。

 さっき、王宮の書庫から借りてきたものだ。


「マリウス様は、実にお勉強熱心でいらっしゃる」

 サイモンが笑顔で誉めるので、マリウスは気恥ずかしくなる。


 他にする事が無いからだ・・・と、有体に言う訳にもいかず、

「・・・陛下のお供で戦地に行けた時に、少しでも役立てばと・・・」

 マリウスは、おずおずと口にした。


 すると、サイモンは目を丸くしてから、何度もうなずいて、

「殊勝なお考え、感服いたしました。きっと近いうちに、マリウス様のご初陣ういじんが叶いましょう」

 更に誉めちぎる。


 マリウスは困って、「いいえ、そんな・・・」などと言いながら、うつむいた。

 そうしながら、心の奥の冷めた所で、「本当に叶えてほしい」と呟く。


 フェルは国王になって以来、何度も戦場へ行っている。

 なのに、マリウスは一度も行った事が無い。


 フェルと顔を合わせるたびに、「一緒に行きたい」と頼んでいるのに、一度も連れて行ってもらえない。


 マリウスは焦っていた。

 戦場でこそ、フェルの身代わりとしての自分が、大いに役立てると信じていたからだ。


 神託の少年王の盾となれたのなら、自分の価値を皆に認めてもらえる。

 あの子の身にも、間違いなく同じ血が流れていたのだ、と。

 ただ顔が同じだけの、贋作じゃなかったのだ、と。


 それだけが、今のマリウスの支えだった。


 もし、それができなかったら・・・。

 それを考えると、マリウスは心底恐ろしくなる。


 ヨークレフト城に居た頃、ずっとフェルの傍らに居たのは、身代わりだと思っていたからだ。

 フェルを狙う輩が、間違って自分ハズレを引くために。


 そのために、王城にまで付いて来たのに・・・。

 フェルとこんなに、引き離されてしまうなんて。


 サイモンはまだ、誉め言葉を並べているようだが、マリウスには何も聞こえていなかった。

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