第40話 神託されたもの



「・・・どうだろうな」

 ヴァイゼも空を見て、答える。

 秋の夜空は、冷ややかに澄み渡って、細かい星までよく見通せた。


「ヴァイゼが誕生を見守った子供は、皆、エルーガの国王になったんだろ?」

 その声には、少しだけけんがあった。


「・・・王となるのが、嫌なのか?」

 ヴァイゼが問い返す。

 はぁ・・・と、フェルが大きく息を吐いた。

 息は、うっすらと白く煙って、秋の夜空へと消えて行く。


「うーん・・・嫌だって訳じゃ無いけど・・・よく分かんないな」

 髪をクシャリと掻いて、フェルは困ったような笑いを向けた。

 そして、膝を抱え込むと、背中を丸める。


 ヴァイゼは翼を広げて、フェルの身体を包み込んだ。

 秋の深夜、寝間着一枚で、ガウンも羽織っていないフェルの身体は、思ったよりも冷たい。


「・・・なぁ、夏にドラゴン退治に行ったろ?」

 ヴァイゼの身体に寄りかかるようにして、フェルがつぶやいた。


「面白かったな。俺、ドラゴンなんて初めて見た。ヴァイゼの倍くらいあったのに、あれで中型だって言うんだからなぁ・・・」

 寒いのか、フェルはさらに身体を寄せてくる。


「あの、一緒に狩りをした狩人、あいつ、凄かったな。もっといろいろ話を聞きたかった。・・・うちの領内で魔獣が悪さしたら、呼んでやるのに」

 フェルの残念そうな物言いに、ヴァイゼが笑いながら首を振った。


「おいおい、そうならない為に出張ったのだろう?」

「・・・だったよな」

 フェルがペロリと舌を出す。


 ドラゴン退治は、土地の領主に雇われていた魔獣狩人も、同行して行われた。


 土地の領主とて、何もしていなかった訳では無く、魔獣狩人にドラゴン退治の依頼を出していたのだ。

 依頼に応じて、一人の魔獣狩人が現地で調査したところ、中型ドラゴン三体だと判明し、狩人の応援を要請している最中に、ヨークレフト家からの申し出が届いた、と言う事らしい。

 魔獣狩人とヨークレフト騎兵団が協力し合った事により、ドラゴン退治は当初の予定よりも、迅速に終了した。


 フェルにとって、魔獣狩りも魔獣狩人の仕事を見るのも、それが初めての体験だった。

 以降、何度か魔獣狩りに出張ってはいたが、一番大掛かりだった最初のドラゴン退治が、強く印象に残っているようだ。


「あの狩人は、仕事を請け負いながら、国中を旅しているんだって言ってた。時には国境を越えて、コライユやアランドラへ行く事もあるって・・・」

 騎兵団の大将として挨拶を受けた際、狩人と少々の会話を交わした事を、フェルは大切そうに話す。


「・・・マリウスはいいなぁ」

 ヴァイゼは顔をフェルへと向けた。

 思いも寄らない言葉だった。


「マリウスはさ、この先何にでもなれるし、どこへでも行ける。俺は・・・」

 その先の言葉を、フェルは続けなかった。


 ヴァイゼは思う。

 フェルがエルーガ国王になれるのか、と問われれば、今の状況では難しいと、答えるだろう。


 10人もの王位継承者を蹴散らして、フェルが王座に就くには、政府転覆クーデターとなるほどの、大きな力が必要だからだ。

 あのサイモンが、どれほどの影響力を持っているのか計りかねるが、実現は難しいと考える。

 今のところは・・・。


「・・・フェル、以前にも話したが、私は『神託』などという名が付いているが、これは、人間たちが勝手にそう思い、そう名付けたものだ」

 フェルは、ゆっくりとうなずいた。


「私は、お前が付けてくれた『ヴァイゼ』という名の方が、私に相応ふさわしくて愛おしい。だからお前も、『神託』という飾りに、怖気おじけづく事は無い」

 フェルの榛色はしばみいろの瞳が、大きく見開かれる。


「お前が領主のままで居ようとも、エルーガ国王になろうとも、そのどちらでも無い道を選ぼうとも、私はお前と共に在る。それだけは決してたがわない、確かな事だ」

 フェルはヴァイゼの首に抱きついて、羽毛の中に顔をうずめた。


「うん・・・ずっと一緒だ」

 小さな声が、ヴァイゼの耳に届く。


 秋の夜の澄んだ空に、あまたの星がまたたいている。

 ヴァイゼは、フェルがこれ以上凍えないように、しっかりと包み込んだ。




 その翌日、ヴルツェル国軍が、南側の国境を越え、エルーガ国内に侵攻し、戦闘が行われているという報せが、ヨークレフト城にもたらされた。


 その後、侵攻されたエルーガ南方の国境線では、エルーガ国軍の苦戦が続き、国境ぞいの領土が次々とヴルツェル側に陥落かんらくした。


 戦場の兵力を増強させるために、エルーガは国軍の勢力を、国の南側へ集中させる事を余儀なくされる。


 これによって、エルーガ国内の警備はますます手薄となり、治安はさらに悪化した。




 季節は冬となり、723年も終わろうとしていた頃の事。


 その光景は、ヨークレフトの領民たちを、おおいに驚かせた。

 青い旗を掲げた大勢の人々が、ヨークレフト城へと続く道を、ぞろぞろと歩いて行くのだ。


 彼らが掲げる青い旗に描かれていたのは、「つるぎを捧げ持つグリフォン」

 それは、ヨークレフト公の紋章旗だった。


「ヨークレフト公ファーディナンドを国王に!」


 人々はそう叫びながら、ヨークレフト城に向かって行く。


 その集団はひとつでは無かった。

 四方の領境を越えて、いくつもの同じような集団が、続々とヨークレフト領内へと入って来ていたのだ。


 人々の身なりは様々で、貧しい身なりの者もあれば、きちんとした服装の者も居た。

 また、掲げているのも紋章旗だけではなく、ただ青く染めた布だったり、青い色の花や、青いリボンを手にしている者も居る。


 だが、叫ぶ言葉は誰もが同じであった。


「ヨークレフト公ファーディナンドを国王に!」


 最初はただ驚いて、集団が行き過ぎるのを見送っていたヨークレフトの領民たちも、彼らが国の端々から、あるいは戦場となってしまった地から来た者たちと知り、水や食糧を分け、庭先や納屋で休ませた。

 そして彼らの話を聞くうちに、その意思に賛同し、集団に加わって行った。


 ヨークレフト城の城壁は、みるみると青色に染まった人の波に囲まれ、彼らが振る旗は波のようで、まるで青い海原に浮かぶ城に見えた。


 これが、後に言う「あおらん」の始まりである。




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