第39話 領主の見解
麦刈りの時季が終わり、夏が過ぎ、秋が深まった頃の事。
その日ヴァイゼは、ヨークレフト城の「接見の間」のバルコニーで、羽を休めていた。
部屋内ではフェルが、顧問官であるサイモン卿から、挨拶と定例の事務報告を受けている。
サイモンは、ヨークレフトの家臣たちにとって、信頼できる顧問官のようだ。
どんな事案も全て、ヨークレフト領の利益となるよう取り計らう手腕が、評価されているらしい。
しかし、肝心の
今日もフェルは、
その列の一番前、フェルに近い場所に置かれた椅子が、マリウスの席だ。
マリウスが定例報告に同席するようになってから、フェルは逃げ出す事が無くなった。
逃げ出せなくなった、と言う方が正しいかもしれない。
ガラス越しにその様子を見て、ヴァイゼは苦笑いを漏らした。
報告は淡々と済んで、あとは
「・・・ご報告の最後に、ぜひファーディナンド様にお伝えしたい儀がございます」
と、サイモンが切り出した。
「ファーディナンド様を、次の国王へ推す声が、日増しに大きくなりつつあります。どうぞ、この声にお応えになられて、エルーガ国王とおなり下さい。このサイモン、全力を持ってお支え致しますぞ」
サイモンの力強い言葉に、接見の間に同席していた家臣たちが、ざわりと揺れる。
そんな声が上がっているという噂は、ヨークレフト領にも届いていた。
噂の根拠は、この夏から最近にかけての、ヨークレフト家の活躍にある。
全ての発端は、フェルが「麦刈り農家の空き巣」を捕らえた、あの一件だった。
麦刈り中の農家に入った空き巣犯は、近隣領地の農夫だった。
魔獣に畑を荒らされて無一文になり、流れ着いたヨークレフト領で盗みを働いた、と、供述した。
フェルは、犯人に数日の懲役を科した後、地元へ送還した。
そして同時に「魔獣退治の協力」を申し出る書簡を、犯人と共に土地の領主へと届けたのだ。
近隣の領であるため、魔獣がヨークレフト領内に入り込む可能性があったのと、今回のような事件を再び起こさせないためにも、早急に対処する必要があった。
土地の領主が、申し出を受け入れたので、フェルとヴァイゼが兵を率いて魔獣退治は遂行され、中型ドラゴン三体を捕獲するという成果を収めた。
この活躍はすぐに広まり、「自分の領地も何とかして欲しい」と、ヨークレフト城へ嘆願に来る領主が増え、対応せざるを得なくなる。
援助の度合いは、「ヨークレフト領に影響する度合い」に比例して振り分けられ、
それでも、政府が充分に機能していない中で、救いの手を差し伸べてくれた事に、人々は喜び感謝したのだ。
その結果として、ヨークレフトの領主、フェルことファーディナンドに王座を継いで欲しいという声が、国の各所で上がっている、という訳だ。
サイモンの唐突な話を聞いて、フェルは
「俺って、王位継承権あるの?」
「仮にも直系王族ですから、権利はありますよ」
微笑みを浮かべて、ダーヴィッドが答えた。
「ふうん。で、何位なの?」
「正確には調べてみないと分かりませんが・・・フェルの前に10人ほど居るかと」
「そりゃ大変だ。俺が国王になるには10人は死んでもらわないと、なのか」
「大量殺人ですね」
「うわー、怖い話だ」
「子供に聞かせて良い話では、ありませんねぇ」
「・・・子供って、俺の事かよ?」
「大人だとでも言うのですか?それこそ怖い話ですよ」
掛け合い漫談のような、フェルとダーヴィッドの会話に、マリウスが顔を横に背けて、クスクスと笑っている。
家臣の中からも、忍び笑いが漏れ、緊張が
そんな中で、サイモンだけが
「公式の場で、ヴルツェル語をお使いになるのは、お控え下さいと申し上げたはずです」
サイモンの低い声が、接見の間に響いた。
ピシリと空気が引き締まる感じがして、家臣たちも姿勢を戻す。
だがフェルは、口を尖らせて返事もしない。
「・・・失礼致しました、サイモン卿。充分に気をつけましょう」
代わりにダーヴィッドが、
ヴルツェル貴族である祖父、パウル卿に育てられたフェルと、その息子ダーヴィッドの日常会話は、ヴルツェル語でなされていた。
当然、ヨークレフト城内では誰もが承知の事で、家臣や侍従たちの間でも、しばしばヴルツェル語を混じえた会話が、交わされている。
だが、サイモンはその習慣を、
接見の間は、再び静まり、そこはかとない緊張感が漂っていた。
サイモンは引き下がる様子は無い。
先刻の自分の言葉に対して、フェルの返事を待っているのだ。
フェルは息をひとつ吐くと、背もたれに寄りかかっていた背中を伸ばした。
「サイモン、ヨークレフト領主として、顧問官たる
13歳の少年とは思えない、凛として重々しい
「ははっ!」
「とっとと国王を決めやがれ!こっちはいい迷惑だ!このクソ野郎どもが!」
ひと息で言い放って、フェルは勢いよく椅子から立ち上がる。
「・・・以上である。本日は大儀であった」
接見を終了とする言葉を告げると、頭を下げたまま呆然と固まっているサイモンに目もくれず、フェルは「接見の間」を出て行った。
その日の夜更け、ヴァイゼはふとした気配に目を覚ます。
ヴァイゼの寝場所は、フェルの寝室の床の上だ。
首を上げて、フェルのベッドを見る。
そこには誰も居なかった。
首を巡らすと、バルコニーにその姿を見つける。
むき出しの石の床に、腰を下ろして、夜空を見上げていた。
ヴァイゼは黙って、フェルの隣に行って身を伏せる。
「・・・俺、国王になるのか?」
空を見上げたまま、フェルが口を開いた。
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