第38話 貴賎と血縁
マリウスが物心ついた時には、祖母と二人きりだった。
粗末な家で暮らしは貧しく、働きづめだった祖母は、マリウスが10歳の冬に死んでしまう。
唯一の身よりを亡くして、途方に暮れるマリウスの元に、ヨークレフト家からの迎えが来たのは、祖母を埋葬して半月ほど経った頃だった。
その時初めて、マリウスは自分の出自を知る。
そして、
とても広い部屋の、一番奥まった所にある大きな椅子に、自分と同じくらいの子供が座っている。
それが「領主様」だと分かって、マリウスは床にひれ伏した。
「同じ歳の
その声が、あまりに近くに聞こえたものだから、マリウスは驚いて顔を上げる。
遠くの椅子に座っていた子が、目の前に居た。
近くで見て、もう一度驚く。
顔が自分とそっくりなのに、綺麗な身なりだというのは、すごく不思議な感じがした。
それがフェルだった。
「あ、あの、領主様、ぼ・・・わ、私はマリウスでございます」
マリウスがたどたどしく挨拶すると、
「フェルって呼んでくれ。よく来てくれたなマリウス」
にっこりと笑ったフェルは、床に付いていたマリウスの手を取って、強引に握手してくれたのだ。
よく来てくれたな。
その言葉と笑顔は、マリウスの心に深く刺さった。
「さあ行こう、ヴァイゼを紹介してやる。グリフォンは見た事あるか?大きいけど怖くないからな」
握った手を引っ張ってマリウスを立たせると、フェルは部屋の外へと連れ出してくれた。
その日から3年。
マリウスはヨークレフト公の血筋として、フェルと同等の扱いを受け、城で暮らしている。
「・・・さっきの
フェルの呟きに、マリウスはハッと我に返った。
「大した物は盗んでいないんだ。麦刈り中の農家が無用心だからって、それほど金目の品がある訳じゃない」
厳しい顔を前に向けて、低く呟くフェルに、マリウスは大きく頷く。
「・・・うん」
周りの景色は、麦畑から石造りの建物が多く見られるように変わっていた。
土の道から石畳になって、道を往来する人々や、商店の軒先に出ている者たちが、二人の少年に気づいて頭を下げたり、気さくに挨拶をしたりする。
フェルはそれらに手を上げて応えながら、話を続けた。
「・・・川向こうの領地では、魔獣が山から下りて来て、畑を荒らしているらしい。別の領地では、国境警備に農家の働き手を取られて、今年の収穫が大きく減ったそうだ。山賊や夜盗が増えたという話も聞くし・・・」
他の領地で起こっている事を淡々と語って、最後に、
「全ては、国王がいないせいだ」
と、厳しく断じた。
国王フレデリク四世が、世継ぎの無いまま逝去したのは、昨年の事だ。
このエルーガ王国では、直系男子のみが王位継承権を有しているが、フレデリク四世王妃ヘレンが、自分の娘であるメアリーローズ王女に王位継承を要求した。
それを認めない政府との対立は今も続いていて、新しい国王は決まらず、政治は停滞している。
「そんなだから、他の領地から人が流れて来るんだよな。困ってるとはいえ、俺の領地で悪さするのは、黙っている訳には行かない。対策を考えないとだ」
フェルは口を曲げるようにして、小さく
「そういう人に混じって、君の命を狙う
マリウスが注意すると、ニヤリと笑ったフェルが、
「ダーヴィッドの受け売りか?」
揚げ足を取るように言った。
「そうだよ。でも本当の事だ。さっきだって、空き巣に化けた刺客だったなら、君は殺されていたかもしれない」
大真面目にマリウスが応えたからか、フェルは茶化すのを止めて、
「・・・気をつけるよ。マリウスが、俺と間違えられて襲われたら大変だからな」
と、神妙に言った。
その言葉を聞いて、「それこそ本望だ」と、マリウスは心の中で呟く。
王子でも無いのに、神託を受けたフェル。
その事実を、フェルごと「無かった事」にしたいと考えている勢力がある。
たった2歳で両親を失い、幼くしてヨークレフト領主となったフェルは、これまで暗殺や誘拐の危難に、何度も遭っていたのだという。
その話を耳にした時に、マリウスは理解した。
自分がフェルと「そっくり」だから、引き取ってもらえたのだと。
だから自分は、身代わりとして、彼の危難を受けなければならない。
それを不幸とか、嫌だとか思った事は一度も無い。
それこそが、自分がここに居るのを許される、唯一の理由なのだから。
「僕は大丈夫だよ、ちゃんと武術の
マリウスはわざと、威張るように胸を張った。
それを受けて、フェルが意地悪な笑いを浮かべる。
「ほー、そりゃあスゴイな。剣で俺に勝った事無いくせに」
「弓は、僕の方が的中させるじゃないか」
マリウスが言い返すと、
「じゃあ勝負してみるか?」
フェルが挑発する。
「もちろん、受けて立つよ」
マリウスは当然とばかりに、大きく頷いた。
「よし!城に帰ったらすぐやろう!場所は練兵場、弓は兵器庫の・・・」
楽しそうに段取りを語っていたフェルを、ヴァイゼが振り返った。
「・・・と、ヴァイゼ何だよ、今大事な・・・」
ヴァイゼの
けれどマリウスには、ヴァイゼの言葉が聞き取れない。
ヴァイゼの言葉を聞けるのは、フェルだけなのだ。
それを初めて知った時、マリウスは「本当にフェルは特別なんだ」と、驚いて、感心して、そして・・・うらやましかった。
何事かヴァイゼから聞いたフェルが、顔を正面に向けて、
「げっ!」
と、見てはいけない物を見た、というような驚き方をする。
マリウスも正面に向き直って、その理由を理解した。
正面には、堅牢な城壁を巡らせた城があった。
鋼鉄の城門の前に、番兵の他にもう一人、人が立っている。
その人物は、こちらに気づいて早足で向かって来た。
「ヴァイゼに乗っているとは分かりやすいですね。では、こちらがヨークレフト公ファーディナンド閣下であらせられますか。この度は悪漢を捕らえられたとか、たいそうなご活躍と聞いております」
上品な身なりをした青年は、そう言ってフェルに
「・・・嫌味だな、ダーヴィッド」
フェルが口を曲げる。
「おや、よくお分かりで」
ダーヴィッドは、その端整な顔でにっこりと笑った
フェルの
長い黒髪を軽く束ねて、
その美しい微笑みは、時にそら恐ろしく見える・・・と、マリウスは思う。
例えば、今。
「待てよダーヴィッド、マリウスは客人から逃げた俺を、探しに来ただけだから・・・」
フェルがマリウスを庇うと、
「僕が、フェルを止めなかったのが悪いんだよ」
と、マリウスも言い返す。
「これはこれは・・・二人の篤い友情は胸に迫るものがありますね。・・・分かりました。罰は二人仲良く、一緒に受けていただきましょう」
ダーヴィッドの笑顔は、終始崩れない。
「まずは二人とも、事情と言い訳をゆーっくりと聞かせて下さい」
フェルとマリウスは、顔を見合わせて、げんなりとため息をつく。
そして二人は、こってりと油を絞られたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます