第3章 事実と真実

第28話 青の乱



 今から12年前、大陸暦723年の事。


 その前の年に逝去した、フレデリク四世王の後継を巡り、第三王女メアリーローズに、王位を継がせようとするヘレン王妃派と、阻止しようとするエルーガ政府派との対立は、いまだ決着していなかった。


 エルーガでは、王位継承は直系男子に限定されている。

 亡き国王の王女たちに継承権は無いが、直系王族の男子たちには、それぞれ王位継承順位が付けられていた。


 しかし、順位が高い王族男子たちは、揃って高齢であったり、病弱であったりと、責務をまっとうできるか不安視される者ばかりであった。

 とはいえ、そう簡単に順位を無視する訳にもいかない。

 国王が代われば、王位継承順位も変わるのだ。

 それぞれの子や孫、下位の継承権を持つ者たちにとっては、重大な問題である。


 政府内でも意見が割れるこの状態に、無茶とも思えたメアリーローズ王女の王位継承案は、ないがしろにはできない程の支持を集めていた。


 様々な要因と思惑が重なり、エルーガの王位継承問題は泥沼と化し、国政の停滞を招く事となる。

 悪化した経済と治安の犠牲となったのは、力を持たない庶民たちであった。


 その庶民たちを困難から救うべく、立ち上がったのが、わずか13歳の少年領主、ヨークレフト公ファーディナンドである。


 ファーディナンドは、近隣の領主と協力し、自身が所有する騎兵団を駆使して、跋扈ばっこする魔獣や盗賊の討伐に奔走ほんそうした。

 その姿に、「ファーディナンドを国王に」と推す声が、少しづつ上がり始める。


 エルーガ王族の末席に座するファーディナンドは、「神託のグリフォン」の天啓を受けながら、玉座には程遠い生まれであった。

 だが、混沌とした世上せじょうの中、神託のグリフォンに乗った少年の姿は、人々の目に、希望の光明として映ったのだろう。


 その頃、ヴルツェル軍の侵攻による戦闘が、国境地域から国の内側へと、拡大しつつあった。

 同時に「ヘレン王妃がヴルツェル軍を招き入れた」との噂も広まり、庶民たちの不満と怒りは、一気に王城へと向けられた。


 その年の暮れ、ついに人々は声を上げ、動き出す。


 「ファーディナンドに王位を!」

 「ヘレン王妃に断罪を!」

 ふたつの要求を掲げた大勢の民衆が、エルーガ王城を包囲した。


 彼らの手にあったのは、ファーディナンドの紋章である「青地に剣を持つグリフォン」の旗。

 後に「青の乱」と称される、民衆決起である。


 翌724年、ファーディナンド国王が誕生、民衆は王城を解放した。

 ヘレン王妃は、国家反逆罪の容疑者として拘束される。


 その時すでに、娘のメアリーローズ王女は、王城から姿を消していた。

 当時4歳の王女は、ごく近しい従者数人と共に、王妃の故郷ヴルツェルへ逃亡したのだ。


 しかしその道中、政府の捜索隊と交戦し、従者たちは全員の死亡が確認されたが、王女の死体は発見されなかった。


 拘束されたヘレン王妃は、ファーディナンド新国王の命令により、アロゲント牢獄へ投獄される。

 同年、牢獄の火災により、死亡した。

 メアリーローズ王女は、11年経過した今現在も、消息不明である。




 やわらかな寝息をたてているローズの様子から、どうやら峠は越えたようだと、フェルは感じた。


 額に手を当てると、まだ少し熱い。

 それでも、顔色はだいぶ良くなった。

 明日は、身体を起こせるくらいになってくれれば、と思う。


 ベッドの端では、カイムが心配そうに、主人の顔を見ていた。

 その背を宥めるように撫でてやると、「キュー」と小さく声を上げる。


「姫様のお具合は、いかがでしょうか?」

 病人のため、ノックを控えた尼僧長が、入り口で小さく声をかけた。


「よく眠っている」

 フェルの応えに、尼僧長は安堵の表情を返す。

 持ち込まれた蜀台の灯りが、薄暗く暮れた部屋を明るく照らした。



 ドラゴンの尾に倒されたローズは、身体中に打撲とすり傷を負ってしまった。


 怪我自体は重症ではなく、手当てをすればほどなく治るものだったが、同時に高熱を発症してしまい、床に伏して2日が経っていた。


 とりあえず寺院の常備薬で様子を見ていたが、どうやら効き目があったらしい。



「本当にようございました。これも神のご加護でございます」

 尼僧長は小さく祈りを捧げてから、部屋の隅のテーブルで、お茶を淹れはじめた。

 カイムを撫でてやりながら、フェルはその様子に目を向ける。


 ヘレン王妃の侍女をしていた、と言っていた。

 王妃の侍女ともなれば、それなりの家柄を持つ貴族の出だろう。

 なるほど、お茶を淹れる所作しょさにもその片鱗へんりんうかがえる。


 茶菓子の匂いを嗅ぎつけたのか、カイムがフェルの手を離れて、テーブルへと飛んで行く。


「まあカイム、お行儀が悪いですね。ひとつだけですよ」

 そう言って、尼僧長は小さい焼き菓子をひとつ、カイムに咥えさせた。


 グリフォンって奴は、総じて甘いものが好きなのだと、フェルは改めて思う。

 ずっとヴァイゼしか見ていなかったから、あれの特性なのかと思っていたが・・・。


 カイムは、ヘレン王妃の懐妊中に、卵の状態で献上されたのだという。

 王妃と侍女たちで絶え間なく世話をして、出産の10日前くらいにかえったのだと。


 グリフォンの卵は、成体よりも入手しにくい。

 更にそれを人の手で孵し、15年を経た今もなお生きているというのは、非常に珍しい事だった。


「召し上がりませんか?」

「・・・ああ」

 フェルはベッドのそばを離れると、お茶の準備が整ったテーブルに付いた。

 向かい合わせに、尼僧長が座る。


 この2日間、尼僧長はローズの看病に付ききりだった。

 フェルの方もいろいろとやるべき事があり、忙しくしていたので、こうしてゆっくりと向き合うのは、寺院に来てから初めてだ。


「このたびの件、本当にありがとうございました。改めまして御礼申し上げます」

 尼僧長に丁寧に頭を下げられて、

「魔獣退治が俺の仕事なんでね、気を使わないでくれ」

 フェルはひらひらと手を振ってから、カップを取る。


 ふと気づいて、フェルは顔を上げた。



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