第15話 気合と覚悟



「・・・それで結局、その仕事はけたのか?」

「いや、とりあえず保留。そのうつわを返す時に返事する約束になっている」

「なるほど」

 ヴァイゼは、空になった大きな器を見下ろした。


 用意してもらったヴァイゼの食事と、先ほどの依頼書を持って、フェルとローズは魔獣亭の外に出ていた。

 ローズが仕事に加わるという件について、ヴァイゼの意見を聞こうという話になったのだ。


「わたし、フェルさんのお仕事を手伝いたいのです。危ないところを助けてもらって、お食事までごちそうになって、せめてものお返しをさせて下さい!」

 懸命にローズが言い募る。


「いや、だからあれは偶然だっただけで、飯だって別にそんな恩に着てもらうほどの事じゃあ無いんだし。・・・なあ、ヴァイゼ、お前からも言ってやってくれ」

 フェルは頭を掻きながら、ヴァイゼに水を向けた。


 どうやらフェルは、ローズの手伝いを断りたいらしい。

 しかし、


「恩義にむくいたいというローズの気持ちは殊勝だ。叶えてやれば良いではないか」

 ヴァイゼはあっさりと、ローズを歓迎する意向を示した。


「ありがとう、ヴァイゼ!わたし、頑張ります!」

 満面の笑顔を見せるローズに、ヴァイゼも目を細めて頷いた。

 意気投合する二人に、納得が行かないのはフェルだった。


「おい、本気で言っているのか、ヴァイゼ」

 不機嫌に声が荒くなる。

「お前こそ、だ。フェル」

 ヴァイゼはくちばしで器をつまみ上げ、フェルへと差し出した。


 それを、ひったくるようにして受け取ったフェルは、改めてローズに向き直った。

 その厳しい顔つきに、ローズは身をすくませる。


「ローズ、これは遊びじゃないんだ。俺たちと離れるのがしいぐらいの気持ちで付いて来られると、正直、迷惑だ」

 本音を見透かされたような言葉に、ローズは思わず自分の胸を押さえた。


 この人は本当に、ごまかす事を許さない。

 人好きする柔らかな表情からは想像つかない、鋭利な一面。

 怖いとさえ、思う。


 見据えてくる榛色はしばみいろの瞳から、目を逸らさずに居るのが精一杯で、気を抜けば、涙がこぼれてしまいそうだった。

 ローズは大きく息を吸って、身体の芯に力を込めた。


「・・・確かにその通りです。このままフェルさんとヴァイゼとお別れしたくありません。『仕事について考えておくといい』と、フェルさん言ったじゃありませんか。わたし、自分に何ができるかだなんて、よく分からない。でも、何もしないままで、何もできない自分に戻るのはどうしても嫌です。だから・・・」


「それは魔獣狩人をやってみたいという事か?」

「そうです。フェルさんとヴァイゼのように、わたしもカイムと二人で生きていけるようになりたい。もう、誰かの所有物になるのは嫌です!」


 言い放って、ローズは自分の言葉に驚く。

 ・・・そうだ、そうだったのだ。


 「誰かに従ってさえいればいい」という生き方は、もうしたくない。

 頼りない足もとだけれど、足枷は自分で断ち切ってきたのだから。


 ローズの話を聞き終えた後も、フェルは固い表情を崩さない。

 賛成してくれたヴァイゼも、なだめに入るような事は無い。


 三人の間に、冷たい沈黙が続く。

 すぐ目の前の大通りの賑わいが、どこか遠くの物音のように聞こえた。


 しばしの後、フェルはゆっくりと口を開く。

「あんたの言い分はよく分かった。気合のほどは充分伝わったが、それをはっきりと示す事はできるか?」


 その言いようは静かで、怒りや苛立いらだちは感じなかった。

 しかしその問いにしっかりと応える事ができなければ、自分はここで見捨てられるのだと、ローズは感じ取った。


「少しだけ時間を下さい。カイムをお願いします」

 ローズは肩に居たカイムを、ヴァイゼの背中に乗せると、大通りの雑踏の中へと走り出した。


 走りながら建物の看板に目を凝らす。

 文字を読みきる自信は無い。

 でも描かれた絵を頼りにして行けば、きっと目的の場所に辿り着けると思った。


 三軒目にして、ローズはやっと目的の店を探し当てる。

 「古着屋」だった。


 けれど、お金は持っていない。

 だから、

「すみません、今着ている服を売って、別の服を買いたいのですが」

 思い切ってそう申し出た。



 小一時間ほどで戻ったローズの姿を見て、フェルとヴァイゼは目を丸くする。


 ・・・いや、最初はそれと気付かなかった。

 カイムが嬉しそうな声を上げて、飛んで行くまでは。


 足首近くまで裾のあった、黒い女中服を着た娘は無く、丈の短い上着にズボン、編み上げのしっかりとしたブーツを履いた、軽快な少年のような姿があった。

 少年らしさをかもし出していたのは、服装だけでは無い。


「髪!どうしたんだ、髪!」

 フェルが大きな声を上げる。


 ローズの、長く下げていた栗色の三つ編みが、うなじの辺りでばっさり短く切られていたのだ。


「空を飛ぶ時、髪が邪魔だったので切ってしまいました」

 うろたえるフェルをよそに、ローズはあっさりとした顔で言った。


「・・・お前の負けだな、フェル」

 笑みを含んだヴァイゼの声に、フェルはくしゃくしゃと頭を掻いて、大きいため息をついた。


 そして依頼書をヴァイゼの鼻先におっ付けて、

「器を返してくる。依頼書の内容をローズに読んでやってくれ」

 そう言うと、店の中へと戻って行った。


 きょとんとした顔でそれを見送るローズに、

「良かったな、ローズ。フェルはお前の手伝いを認めた」

 と、ヴァイゼが言った。


 途端、ローズの心に明るい光が差し込む。

「ありがとうございます!」

 沸きあがる嬉しさを押さえきれずに、ローズは店の中に向かって、深く頭を下げた。


「ではローズ、依頼書を私の目の前に掲げてくれ」

 ヴァイゼのくちばしに貼りついた紙を剥がして、ローズは自分の胸に掲げた。


「ヴァイゼは言葉をしゃべるだけじゃなくて、文字も読めるのね」

「永いこと生きていれば、このくらいはできるようになる。・・・なるほど、リンデン寺院からドラゴン退治の依頼だな。これは女性が居なければ務まるまい」


「リンデン寺院?」

 ローズの問いに、ヴァイゼは依頼書から目を上げた。


「ここから西の方角にある尼僧院だ。戒律が厳しく、そこの尼僧たちは異性との接触を禁じられている。・・・ここまでは分かるか?」

 優しく確認され、ローズは「ええ」と答えてから、


「尼さんたちは、男の人と会ってはいけないという事でしょう?直接話しができるのは女の人だけだから、わたしが尼さんから事情を聞いて、フェルさんに伝える役なのね」

 そう続けた。


 ヴァイゼはその返答に満足したようで、大きく頷く。

「その通りだ。・・・やれそうか?」

 すぐに返事をせず、ローズは少し考えた。


 すると、

「やってもらわなくては困る。もう引き受けてしまったからな」

 店から出てきたフェルが言った。


 さっきのような厳しさは薄れているが、食事をしていた時のような、無条件の優しさも無い。


 彼の中で自分は、「庇護するべき者」ではなく、「同じ世界に足を踏み入れようとする者」に変わったのだと、ローズは感じた。


「よろしくお願いします」

 ローズは改めて、フェルとヴァイゼにきちんと頭を下げたのだった。



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