第14話 狩人たち



 遠い霞がかった記憶の底に、誰かの背中に向けて泣き叫ぶ幼い自分が居た。


 それが夢で見た光景なのか、本当にあった事の記憶なのかも、分からない。

 その背中を向けた人が、男だったか女だったかも、よく覚えていない。


 ただその人から離れたくなくて泣いているのに、振り向いてもらえなかったという、切ない思いだけは、はっきりと胸に残っている。


 それが恐らく、自分の親との別れだったのだろう。

 だからきっと、自分は見捨てられた子供なのだろう。


 そう思い至ってからローズは、自分の出生について、孤児院の院長にたずねる事もしなかったし、自分で考えるのも止めたのだ。


 こんなとりとめの無い事を、どうやって話せばいいのか・・・。

 話したところで、聞いた方は困るだけではないだろうか・・・



「立ち入った事を聞いて、悪かったよ」

 沈黙を破るフェルの明るい声に、ローズはハッとして顔を上げた。


「・・・いや何、俺もガキの頃に両親を亡くしていて、全く覚えて無いんでね。ちょっと気になって」

「え・・・」

 ローズは目を丸くする。

 この人も自分と同じ孤児だと言うの・・・?


「親無しでも、今はこうして、どうにかやっているんだ。だからあんたも大丈夫だよ」

 フェルが笑う。

 人懐こい、気さくな笑顔は、ローズの心を解きほぐすようだ。


「さあ、とにかく今は食うのが先だ。しっかり食って、全てはそれからだ」

 そう言いながら、フェルはローズの皿とカイムの皿へ、どんどん料理を継ぎ足した。

 カイムが嬉しげな声で啼く。


 ローズも何だか楽しくなって、

「はい!」

 と、笑って返事をした。


 ローズがカイムの皿の肉を、ナイフで小さく切ってやっていると、


「失礼、それはお嬢さんのグリフォンか?」

 突然、見知らぬ男に声をかけられる。


 見れば男は、羽振りの良い商人のようで、きらびやかな長い上着を羽織っていた。

 全く機能的ではない格好は、魔獣狩人たちのなかでは、悪目立ちしている。


「まだ幼体だが随分と人に馴れているようだ。言い値で買うから売ってくれないか?」

 男は腰にぶら下げていた袋に手を入れて、片手にこぼれるほどの金貨を出して見せる。

 ローズはあわててカイムを抱き寄せて、大きく首を振った。


「こいつは売り物じゃ無いんでね、他を当たってくれ」

 素っ気なくフェルに言われて、男は仕方無いという風に肩をすくめた。


「・・・王城に持って行くのか?王侯に子供でも生まれるのかい?」

 フェルの問いに、男は横目で見て返すと、

「さあ、そんな事は知らないが、グリフォンは幼体であれ卵であれ、そりゃあ高く買ってくれるという噂なんでね」

 金貨を袋の中に戻しながらそう答えて、店を出て行った。


 きつく抱きしめたせいか、カイムが苦しそうな声を上げる。

 ローズの胸はまだドキドキしていた。


 あんなにたくさんの金貨を見たのも、カイムを売れと言われたのも初めてだ。

 フェルが「カイムをしっかりくっつけておけ」と、言った意味がよく分かって、なおの事、恐ろしかった。


 ふいに、ローズは重要な事を思い出す。

 ヴァイゼが店の入り口で待機しているのだ。


 あんな立派で美しいグリフォンを、あの男が見たら、放っておくはずは無い。

 引き綱で繋いでもいないヴァイゼを、連れて行かれたら大変だ!


「ヴァイゼが!フェルさん、ヴァイゼが連れて行かれちゃう!」

 席を立とうとするローズを、フェルがやんわり止めた。


「あいつなら心配無い。あれくらいのやからなら、尻尾で払いのけてお終いだ」

 のんびりと、自分の皿に料理を追加している。


 それでもローズは、心配で店の入り口を見つめた。

 その時、「ぎゃあっ!」と言う悲鳴と、続けて、バタバタと走り去る足音が聞こえた。


 フェルが「な」と、ローズを見る。

 ローズは驚きながらも、こくこくと頷いた。


「さ、さっきの人も魔獣狩人なのですか?」

「あれは、客の要望に沿った魔獣を調達する商売だ。もちろん自分で生け捕りにして売る奴もいるが、さっきの奴は買い取って売るのが専門みたいだな」

 フェルは食事の手を止めて、話を続ける。


「一口に魔獣狩人と言っても、仕事のやり方は様々だ。ここに出されている依頼を受ける狩人も居れば、依頼によらず自ら狩りに行く者も居る。どこぞの貴族や金持ちに雇われて給金を貰っている者も居れば、軍隊に所属している者だって居るんだ。・・・だが、どこでどんな仕事をしようとも、魔獣の専門知識が豊富でないと勤まらない」


「たくさん勉強しないとダメ、という事ですか?」

「身体も鍛えないとな。魔獣を狩るには技術と体力が必要だ。それと経験。これが一番重要かもしれない」

 フェルはワインの瓶を傾けるが、グラスの半分にも満たないで終わってしまった。


「フェルさんは、どのくらい魔獣狩人をしているのですか?」

「ん?そうだなあ、15歳から始めたから・・・かれこれ10年になるか」

 惜しそうに瓶を何度も振りながら、フェルが答える。


 15歳といえば今のローズと同じ歳だ。

 その事がローズの心を大きく揺さぶる。


 10年。

 そのくらい経てば、カイムもヴァイゼのように、人を乗せるほど大きくなるのだろうか?


 そして自分は・・・

 自分は・・・?


「おまちどおさま、貼り出し前のやつですよ」

 さっきのそばかす顔の店員が、紙を片手に戻って来た。


「お、どれどれ」

 フェルは受け取った紙に目を通す。


 口元が嬉しげに緩んでくる。

 どうやら良い仕事らしい。

 ・・・だが、読み進むうちに表情が曇り始めた。


「・・・だめだな、これは。女性必須と書いてあるじゃないか」

「えっ!だって・・・」

 店員は驚いた顔した後、ローズを見た。

 フェルは苦笑を漏らす。


「その子はただの連れで、仕事とは関係無い・・・」

「わたしやります!フェルさんのお手伝いをします!」


「はあ?」

 突然の宣言に、フェルは頓狂とんきょうな声を返した。


 だがローズは、ひとつの確信を持って言葉を続ける。

「お願いです、やらせて下さい。フェルさんのお仕事を手伝いたいのです」


 ローズの勢いに押されたのか、フェルはすぐに返事をする事ができなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る