第13話 魔獣亭
「この店は『魔獣亭』と言って、俺のような
魔獣狩人の店と聞いて、ローズは辺りを見回した。
テーブルで食事をしている人たち、飲み物を手に立ったまま談笑する人たち。
魔獣らしきものを連れている人もいれば、いない人もいる。
だが、老若男女を問わず、剣や棒、弓や縄などを
そう、フェルのような。
「この人たち、みんな魔獣狩人なのですか?」
「まあそうだな。狩人だけで無く、魔獣に関する仕事をしている者たちだ」
そう言ってフェルは、手近なテーブルに腰を下ろした。
ローズも、向かい合わせの席に付く。
フェルは早速、店員を呼んで、料理をあれこれ注文した。
そのやりとりを見て、ローズは、身ひとつで出て来たのを思い出す。
当然、銅貨一枚の持ち合わせも無かった。
「あ、あの・・・」
気まずそうなローズの様子に、フェルは何を言おうとするのかが分かったらしく、
「金の事なら気にするな。バーチ家から仕事の準備金をせしめてあるし、昨日までの日当もある。あんたも給金を置き去りにして来たんだから、当然の分け前だよ」
笑いながら、そんな理屈を言ってくれた。
「おまたせ、こちら大盛りです」
大皿に乗った料理がドンとテーブルに置かれる。
焼いた厚切りの肉や、一匹まるごと揚げた大きな魚などが、できたての美味しそうな湯気を立てていた。
「すぐに始められる仕事は、来ていないかい?場所は遠くてもかまわないから」
料理を運んで来た女の店員に、フェルが話しかける。
白いエプロンを掛けたそばかす顔の娘は、ローズと同じくらいの歳だろう。
店員は差し出された小銭を受け取りながら、ちらっと向かいの席のローズを見た。
「わかりました、ちょっとお待ち下さいね」
ニコッと笑って返事をすると、空の盆を小脇に抱え、店員は奥へと下がって行く。
「ああやって仕事を持って来てもらうのですか・・・」
その後ろ姿を見送って、ローズは感心するばかりだ。
料理を取り分けていたフェルが、軽く笑う。
「ああすると、まだ掲示されていない新しい仕事を持って来てくれるんだ。条件の良い仕事は奪い合いだからね」
掲示?
言われてローズはふと壁に目を移す。
すると、人々が右奥の壁を見ているのが目に留まった。
その壁には一面、たくさんの紙片が貼り付けられている。
どうやらそこに、仕事の情報が書かれているらしい。
フェルはローズの皿にも料理を取って、差し出してくれた。
カイムの前にも、同じように置いてくれる。
盛られた料理のどれもが、めったに口にできないご馳走だ。
「ありがとうございます」
カイムの分もお礼を言うと、フェルは手のひらで「早く食べろ」という仕草を返した。
ローズはさっそく、分厚い肉にナイフを入れる。
「・・・さて、あんたの仕事だが、後で
ワインの栓を抜きながら、フェルが言った。
「斡旋所?」
ローズが聞き返す。
「仕事を紹介してくれる場所だよ。ここは魔獣関係専門だが、あんたがやっていた女中の仕事や、こうした店の店員、針子、料理人、乳母、家庭教師・・・いろいろな仕事を揃えているから、考えておくといい」
赤い液体を満足そうに喉に流し込んで、フェルは説明してくれた。
そう言われて、ローズは困ってしまう。
台所の下働きも、ヴィヴィアン付きの女中も、そう決められたから、従っただけだった。
でも、これからは自分で考えて、決めて行かなければならないのだ。
どこで何をすればいいのか、ローズには何の手がかりも思いつかない。
そんなローズの様子を見て、フェルが穏やかに尋ねてくる。
「あんた、歳はいくつだ?バーチ家ではどんな仕事をした事がある?給金はどのくらいもらっていたんだ?」
ローズは下を向いて小さい声で言った。
「・・・15歳です。やっていた仕事は、お嬢様のお世話をする前は、台所の下働きで・・・お給金は旦那様の預かりになっていたので・・・いくら頂いていたかは・・・」
「給金を預けていた?・・・何でまたそんな事を?」
フェルが
「わ、私は孤児なので・・・本来なら親が預かるはずなんですけど・・・こ、子供はお金が上手に使えないからという、旦那様のお考えで・・・わたしが18歳になったら、これまでのお給金を、まとめて支払って下さるという約束で・・・」
ローズの説明に、フェルは皮肉っぽく鼻で笑った。
「そりゃ大した『お考え』とやらだな。どうせまともに支払うつもりなんか無かったんだろうよ」
そう言いながら、切り分けた肉を口に放り込む。
「・・・それじゃあ給金は、斡旋所で相談するといい。あんた読み書きはできるんだろう、だったら同じ住み込みの女中でも、もっと良い条件で働けるさ」
読み書きと言われて、ローズは顔をうつむかせた。
「わたし・・・読み書きは孤児院で習っただけなので・・・本当に少しだけしか・・・」
「えっ、そうなのか?」
驚くようなフェルの声色に、ローズは身体を縮こませる。
「何もできない子だね!」と、毎日のようにマギーに叱られて悲しかったけど、今は恥ずかしい。
ローズの目の端に、白いエプロンの裾が見えた。
さっきのそばかす顔の店員の他にも、同じ様な若い娘が立ち働いているのだ。
もしここで働くとしても、あの仲間には入れないと思う。
メニューの文字も全部は読めないだろうし、支払いの計算もすぐにはできない。
バーチ家で行っていた買い物は、決まった店で言いつけられた物を買うだけで、支払いも全て「付け」だったから、できただけの事だ。
フェルが自分を見ているのが分かって、ローズは顔を上げられなかった。
きっと、「つまらない子」だと思っているだろう。
せっかく自由にしてやったのに、結局は雇い主が代わるだけで、また同じところに戻るだけじゃないか、と。
「・・・あんた、自分の親を覚えているか?どうして孤児院に来たのかは?」
フェルの問いに、ローズは下を向いたまま首を振った。
「そうか・・・」
そう言ったきり、フェルは黙ってしまった。
気まずい沈黙の中、ローズは話すべきかどうかを迷っていた。
それはローズのかすかな記憶の事についてだ。
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