第12話 要衝の町



「ひゃっ!」


 ローズの足の下に広がっていたのは、小さな小さな世界だった。


 密集した苔のような森。

 紐のようにうねる街道に、蟻が引いているような荷馬車。

 けしの実の粒くらいに見えるのは、人の頭だろう。


 昼間の明るさで見る空からの景色は、想像を超えていた。

 こんなに高い所をローズは知らない。


「ローズ、あまり足元は見るなよ。頭から落ちるぞ」

 フェルの言葉に、ローズはあわてて顔を上げる。


 太陽が近かった。

 キラキラとした光の粒が、風に溶けているように見えた。

 それでも空はまだ青く頭上にあり、果てしない。


「・・・天国って、もっと上にあるの?」

 ふと、ローズがつぶやく。


「どうかな?俺も見た事は無いからなぁ」

 フェルも上を見上げて、そう答えた。



 やがて前方に建物が建ち並ぶ景色が見えて来た。

 町だ。


 四方からの道が集結していて、人や馬車が流れ込んでいる。

 街道を中心にして幾筋もの道が交わり、そこに建物が隙間無くあった。

 ノースオークよりも大きな町であるのは、ローズにも分かった。


 ヴァイゼは段々と高度を下げて行く。

 人通りの少ない場所を選んで、ゆっくりと着陸した。


 ヴァイゼから降りると、ローズはホッと息をつく。

 空からの景色は素晴らしかったが、やはり両足が地面に着いているというのは、安心する。


「ここからは歩きだ。迷子にならないようにしろよ」

 こちらを振り返ってフェルが言った。


 町に入るのなら・・・と、ローズは肩のカイムを空に放そうとする。

「ああ、カイムは放すな。あんたにしっかりくっつけておいた方がいい」

 フェルに止められて、ローズは首を傾げた。


「人の多い所へ行くのでしょう?怖がられたりしませんか?」

「怖がる奴は、怖がらせておけばいいさ」

 そう言って、フェルはにぎやかな通りに向かって歩き出した。


 だが、ふと、その足を止める。

「・・・だから、カイムを森の中に隠していたのか?」

 ローズはコクリと頷いた。


「孤児院の院長先生は、『バーチ家にはカイムの事を了解してもらっていないから、隠しておくように』と、わたしに言いました。養子として貰われるならともかく、使用人としての奉公なのですから仕方ありません。カイムは小さくて大人しいけど、グリフォンというだけで怖がる人もいますから」


「孤児院に居た頃から、カイムと一緒なのか?」

「はい。物心付いた時にはカイムが居ました」

「そうか・・・なるほど」

 フェルは頷いてから、前を向いて歩き出した。


 ローズもカイムを胸に抱いて、付いて行く。

 一番後ろはヴァイゼだ。


 その時、初めてローズは気付いた。

 ヴァイゼには引き綱も手綱たづなも無い事を。


 小さなカイムはともかく、この立派なグリフォンが引き綱も無く往来おうらいに出るのは、騒ぎになるのではないか?


「フェ、フェルさん、ヴァイゼはあのままで大丈夫ですか?他の人が・・・」

 声をかけるが、フェルは気にした様子もなく、どんどん歩いて行く。

 ローズはフェルを見たり、ヴァイゼを振り返ったりしながら、おどおどと歩くしかない。


「ローズ、きちんと前を見て歩かなければ危険だ。すぐに大通りに出る」

 ヴァイゼに言われて、「でも・・・」と、口を開きかけたローズの目と耳に、大勢の人が行き交う光景と、その喧騒けんそうが飛び込んで来た。

 町の目抜き通りに出たのである。


 歩く人、荷馬車、人を乗せた馬・・・。

 えっ?

 ・・・ローズはもう一度改めて見直した。


 馬ではない。

 後ろ半身は馬だが、前半身はグリフォンのように大きな鳥だ。


「ふわあ・・・」

 驚きに声が漏れる。

 往来をよく見れば、他にも変わった生き物を連れている者がいる。


 額に真っ赤な宝石を付けたリスを肩に乗せていたり、大きいトカゲがこうもりの羽根で飛んでいるのを紐で引いていたり、連れられた狼が、フクロウのように首をくるりと回したり・・・。


「ヴァイゼがどうしたって?ローズ」

 口も目も真ん丸くしているローズに、フェルがニヤリと笑いかけた。

「この町は、大きな街道が交差する陸路の要衝ようしょうだ。それこそ色んなものが行き交っている。騒ぐ奴は騒がせておけばいい。それだけの事だ」


 確かに、そんな生き物を見て悲鳴を上げる人もいる。

 だが、それ以上の騒ぎにはならならないようで、大半の人々は平然としていた。


「あれはみんな魔獣なのですか?」

 ローズの問いに、フェルが頷いた。

 魔獣といえばグリフォンしか・・・正確にはカイムとヴァイゼしか見た事がないローズには驚きしかない。


 魔獣は人をも食らう恐ろしいものだが、そうそう町中に現れたりはしないと聞いていた。

 フェーザーでもノースオークでも、魔獣に遭遇したと聞いたのは山や森林であって、こんな人通りの多い場所での話では無かった。


「あれは馴らされたもので野生では無い。それに、ああいった連中が多い理由がここにはあるんだ。・・・ま、俺たちもその連中のうちに入るけどな」

 軽く笑って、フェルは人の流れに乗って歩き出した。

 ヴァイゼは人波の中でも目立っていたが、フェルが言った通り、それだけの事だった。


 大通りの両脇を埋めるように、たくさんの建物が立ち並んでいる。

 皆、目立つところに、看板や旗を掲げていた。


 それは形も、描かれている絵も様々で、それを見れば何をする所なのか、何を売っている店なのかが分かる。

 靴の形をしている看板は靴屋だし、ナイフとフォークが描かれているのは食堂だ。ベッドの絵は宿屋だろう。


 ローズは簡単な文字しか読めない。

 絵や形で理解できる看板は、見ていて楽しいし、字が読めなくても分かるというのは嬉しいものだ。


 そのうちのひとつの建物に、フェルが入って行く。

 ローズは入り口の看板を見上げた。

 大きなトカゲのようなものが描かれている。恐らくこれは魔獣なのだろう。


 フェルに続いて、ローズも中に入ろうとしたが、ヴァイゼが来ない。

「私は外で待つ。狭い場所は苦手なのだ」

 ヴァイゼはそう言って、入り口の脇に腰を下ろした。


「あいつはいつもそうだから、気にしなくていい」

 戸惑うローズに、フェルが声を掛ける。

 ヴァイゼも促すように頷いた。

 腕の中のカイムをもう一度抱き直して、ローズは開かれた扉の中へと入った。


 美味しそうな料理の匂いと、楽しげな声。

 どうやら食堂のようだ。


 だが、普通の食堂では無いのはすぐに分かった。

 その中は、外で見かけた不思議な生き物を連れた人たちで、いっぱいだったからだ。



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