第3話 バーチ商会
「魔獣狩人を雇わなければ仕事ができないくらいの、危ない所って事だ。・・・そこまで行かなきゃ木が無いって話だろ?」
上目でマギーを見ながら、ジムは粥をかき込んだ。
館の主、バーチ氏は材木商である。
自身の館の背後に広大な森を所有し、そこから材木を切り出して国内各地へと運んでいる。
この10年程、隣国との戦争が続いて、材木の需要が増していた。
材木に高値が付き、バーチ家の羽振りも良くなったが、売れるに任せて木を切ってしまったので、切り出しの現場がどんどん山の方へと進んでいる。
このままの調子で行けば、何年も経たないうちに木を切りつくしてしまうのでは・・・と、そんな噂が町に流れていた。
ジムの
「そんな事、とっくに旦那様のお考えのうちだよ。材木だけじゃなくて、もっと手広くご商売をなさる準備をされている。今度、チャールズ坊ちゃまが貴族の姫様とご結婚されるのも、上流の方々とご縁を持つためさ。だからあたしらも尚一層励んで、この家を盛り立てないとだ」
マギーは、主人への忠誠心が人一倍強かった。
長年、この家を支えてきたという自負があるのだろう、こんな話をする時は、いつもどこか誇らしげだ。
「そのチャールズ坊ちゃまのお相手が、近々ここにいらっしゃるという話でね。あたしはその支度にとりかからなくちゃあならない。だからローズ、代わりにあんたが行くんだよ、分かったね」
マギーはギョロリとローズを見据えた。
「は、はい」
初めての仕事を言い付かって、ローズは緊張の面持ちで返事をする。
「ローズ、心細いならあたしが代わりに行ってあげるよ」
隣に座っていたリリィが、身を乗り出してきた。
目新しい仕事に
「リリィ!お前は洗濯の仕事があるだろう!お客様用のシーツも洗うんだよ。アイロンを
すかさず、マギーに叱りつけられて、リリィは口をひん曲げる。
この館の家事を取り仕切っているマギーには、誰も逆らえない。
「さあ、いつまで座っているんだい!食べ終わったならさっさと仕事に取り掛かっておくれ!」
空いた皿をどんどん片付けて、マギーは皆をテーブルから追い立てた。
太陽が空の真ん中に差し掛かる頃、ローズは出来上がった昼食を馬車の荷台に積み込んでいた。
蓋付きの大きな籠には、木こりたちの人数に見合った、たくさんのパンが入っている。
白いパンには、ハムやチーズ、焼いた卵などがたっぷりと挟まれていて、食欲をそそる匂いが漏れていた。
他にも、果物やら、樽に入ったレモン水やら、盛りだくさんだ。
「やあローズ。どこかへ行くのかい?」
呼ばれて振り返ると、バーチ家の長男、チャールズが立っていた。
ローズは荷を積む手を止めて、頭を下げる。
チャールズはヴィヴィアンの兄だ。
丸々と大きな妹に比べ、兄の方は18歳の男としては華奢といえるくらいだ。
全寮制の学校に行っているチャールズは、最近、館に帰って来た。
それは
「森へ行きます。木こり衆にお昼を届けに」
「本当にお前は働き者だね、ローズ。久し振りだからゆっくり話しをしたいと思うのに、お前ときたら一日中くるくる動いてて、つかまりやしない」
柔らかい笑顔でチャールズに言われると、ローズは何だか恥ずかしくなって下を向いた。
「それにしても大そうな荷物だ。これ全部ローズが積んだの?」
荷台に載っている籠や樽を見て、チャールズが目を丸くする。
「まだあるのかい?よし、僕が手伝ってあげよう」
チャールズはシャツの袖を捲くり上げ、細い腕を出した。
「い、いいえ!とんでもない事です、わたしがマギーさんに叱られてしまいます」
必死に首を振って、ローズはチャールズを止める。
「・・・そうか。
チャールズは不服そうにしながらも、「マギーに」という部分が功を奏したようで、しぶしぶ諦めてくれた。
ローズは心底ホッとして、改めて頭を下げる。
「ローズが叱られたら、僕がつらい」
意外なほど近くでチャールズの声がする。
いつの間にか、息が触れるくらい近くにチャールズの顔があった。
ローズは、ただ固まったように立ちすくんでしまう。
「これはチャールズ様、おはようございます」
そのこわばりを解いてくれたのは、しわがれた老人の声だった。
「ああ、ベンか。切り出しが始まったそうだな」
ひょっこりひょっこりと歩いて来たのは、馬番のベン老人だ。
チャールズは自分から近づいて行って、にこやかに話しかける。
遠のいたチャールズの後ろ姿に、ローズは全身の力を抜くように、大きく息を吐いた。
昼食を積んだ荷馬車は、ベン老人の運転で館の裏から森へと入って行く。
森の道は、草や木の根が出ている所もあり、馬車は揺れる。
だからローズは荷台に座って、荷物が倒れないか見張る役目だ。
「キュー」
聞きなれた声に顔を上げると、いつもの木の枝にカイムが座っていた。
ローズは首を横に振る。
合図の意を理解して、カイムは大人しく荷馬車を見送った。
荷馬車に揺られながら、ローズは今朝の出会いを思い出す。
青年は自分より10ばかり上に見えた。
そのくらい経てば、カイムもあのグリフォンぐらいの大きさになるのだろうか?
自分を乗せて、この森を飛び去り、どこか違う場所へと行けるのだろうか・・・。
材木にするため、
はるか高みにある青空を見上げて、ローズはふうっと、溜息をついた。
風に乗って響いていた、斧を打つ音や男たちの声が、次第にはっきり聞こえてくる。
込んでいた立ち木がまばらになって、大勢の木こりたちが立ち働く姿が見えてきた。
切り出しの現場に到着したのだ。
「おーい、昼飯が来たぞー!」
誰ともなく声が上がり、作業の手を止めて馬車の周りに木こりたちが集ってくる。
現場の真ん中あたりに馬車を止めて、ローズは荷台の側面を外した。
木こりたちは籠からパンを取り、果物などをそれぞれ
どんどん空になる籠を片付けながら、ローズは今朝のグリフォンと青年を目で探した。
だが、列の最後の一人になっても、彼は現れなかった。
・・・そうそう都合の良い話じゃ無いか・・・。
ちょっとでも期待していた自分を、ローズは小さく笑った。
「わしらも昼にするか」
ベンに言われて、ローズは自分たち用の昼食が入った包みを取り出す。
木こり衆たちとは別の、ただ雑穀のパンが二切れずつ。
こういった所が、バーチ家は本当にきっちりしていた。
「ベンさんはグリフォンを見たことがありますか?」
ふと、そんな問いがローズの口をついた。
「・・・わしは国王陛下のグリフォンを見た事がある」
「えっ、国王陛下の?」
意外な答えに、ローズは思わず聞き返す。
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