素顔でも、そうじゃなくても
「俺がやりたいから、やっているだけだ」
「もう……結局、私で遊ぶんだから……」
文句を垂れ流すレナータを余所に、アレスに両足ともパンプスを履かせられると、椅子から引っ張り上げられた。何だか、お姫様扱いからだんだんと子供扱いに移行してきた気がする。
その場に立ち、試しに椅子の周りを少し歩き、また椅子に腰かけてパンプスを脱げば、再びアレスにもう一足のパンプスを履かせられた。本当に、何が楽しいのか、ちっとも理解できない。
両足とも新しいパンプスにすっぽりと納まったところで、先程と同じ行動を繰り返す。そして、履き慣れたパンプスに足を滑り込ませて立ち上がると、最初に試し履きをしたパンプスを手に取る。
「うん、こっちにする」
レナータの場合、服でも靴でも、最初に目が留まったものが、最終的に気に入る場合が多いのだが、今回もその通りの結果になった。
「アレス。私に意地悪した罰に、このお店での買い物は、アレスがお金払ってね」
「……はいはい」
レナータに選ばれなかったパンプスを陳列棚に戻してきたアレスに、有無を言わせずににっこりと微笑むと、意外と素直な言葉が返ってきた。一応、反省はしているのだろうか。それとも、割と本気で怒っているレナータの逆鱗にこれ以上触れないよう、従順に振る舞うことに決めたのか。
(まあ、どっちでもいいや)
レナータはアレスを連れてレジカウンターへと足を運ぶと、宣言通り、ワンピースとネックレス、それからパーティーバッグにパンプス全ての代金を支払わせた。
ついでに、アレスにそれら全部の荷物を持たせ、次の店へと向かう。
「まだ買うもん、あるのか?」
「あるよ。私、化粧品持っていないから、ここで揃えておかなきゃ」
フォーマルな装いをする以上、ノーメイクはさすがによくないだろう。
(ファンデーションでしょ、アイブロウパウダーでしょ、眉マスカラでしょ、アイライナーでしょ。それから、チークに、口紅……)
心の中で、今日購入しておくべき化粧品を指折り数えていく。
レナータは目鼻立ちがはっきりとしている顔立ちだから、あまり化粧を施すと、かえってくどくなってしまう。だから、化粧をしているのかどうか、ぱっと見ただけでは分からないくらい、薄い方がいい。
レナータの返事に、アレスはどうしてか眉根を寄せた。
「……レナータは化粧しなくても、充分可愛いだろ」
「ありがとう、アレス。その言葉は本当に嬉しいけど、ちゃんとした格好をする時には、メイクした方がいいんだよ。それに、私の場合、う すーくやる程度だから、そんなにいつもと変わらないよ」
アレスの言葉は本当にありがたいのだが、こればかりは譲れない。
近くで見つけた化粧品販売店を覗いてみると、一通り必要なものは揃いそうだったから、店内に入っていく。それから、さっそく販売員の女性を捉まえ、あれこれと質問しながら一緒に選んでいく。やはり、初心者は専門家の意見を伺った方が効率的だ。
それだけではなく、店員の女性は試しにと、レナータに化粧を施してくれた。その上、レナータに化粧をしつつ、化粧をする際の要点を教えてくれたのだから、随分と親切な店員だ。
化粧品の会計を済ませ、あれこれと世話を焼いてくれた店員に礼を告げると、店の近くで待っていてくれたアレスの元へと急いで駆け寄っていく。
「アレス、お待たせ!」
レナータの声に振り返ったアレスは、何故かじっと見つめてきた。
プロの手で化粧を施してもらったのだから、変なところはないはずだ。実際、レナータは鏡を覗き込んでみた時、普段よりも肌艶がよく見えるし、唇もぷるぷるという表現が相応しい状態になっていたし、眉も綺麗に整っていると、感嘆の吐息を零したものだ。
ぱちぱちと目を瞬かせるレナータの顔を、アレスはずいっと覗き込むと、何を考えているのかよく分からない表情で口を開いた。
「……確かに、あんまり普段と変わらねえな」
「まあ、別にそんなに盛っていないし」
目の周りに関しては、レナータは元々、睫毛が長くて量が多いから、申し訳程度にアイライナーを引いただけだ。他の箇所の化粧も、かなり薄く、世の女性たちに比べたら、随分と手を抜いていると思う。
レナータはそれほど手先が器用ではないから、あまり手を加えなくても大丈夫だと、先刻の親切な店員の女性に太鼓判を押してもらえて、 本当によかった。
微かに苦笑いを浮かべてそう答えれば、アレスは真顔で一つ頷いた。
「レナータは、化粧をしてもしなくても、可愛いんだな」
低く美しい声にそう告げられた途端、淡い色合いのチークを乗せていたはずの頬が真っ赤に染まったのが、見なくても分かるほど、顔全体が熱くなった。
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