第7話 夏休みが明けて

「すげえな、フェン。夏休みの宿題、終わらせたのかよ!」


「しかも、生け捕り!?」


 白くてもふもふのラビィが一匹入っているカゴを机の上に置いたフェンはクラスメイトたちに囲まれて居たたまれない気持ちになっていた。


 ソフィから罠の仕掛け方を教わった翌日――。

 一見するとモグラ塚にしか見えない盛り土を囲むようにロープを仕掛け、数メートル離れた場所で青草に隠れてラビィがやってくるのを待った。

 一分後にはフェンの足の振動で隠れていたフキウキウキノトウがひょっこりと顔を出し、五分後にはフキウキウキノトウが生えていることに気が付いたラビィが罠が仕掛けられていることなんて気付きもせずに寄ってきた。そして、七分後にはラビィの足の振動で一度は隠れてしまったフキウキウキノトウがひょっこりと顔を出し――。


「……きゅっ」


「ていっ!」


「きゅっ!?」


 という感じでフキウキウキノトウに飛びかかったラビィの前足をお縄にしたというわけである。


 残像が残るほどの素早さで逃げるラビィは捕まるということに慣れていないらしい。暴れることなく呆然としているラビィに間近で睡眠魔法をかけ、持ってきておいたカゴの中へ。

 わずか十分でラビィを生け捕りにし、考案した罠の結果と生きたラビィを見られるかもという期待に目をキラキラさせているソフィが待つ屋敷へと帰ったのは〝行ってらっしゃい!〟と笑顔で見送られてからわずか一時間後のこと。


 で、夏休みが明けて学園に来てみれば〝ラビィを捕まえる〟という夏休み中唯一の宿題を無事に終えていたのはフェンだけだったのである。

 誰も彼もが初日のフェン同様、剣や攻撃魔法でラビィをひたすらに追いかけ回すだけで一か月以上ある夏休みを終えたらしい。ソフィから罠の話を聞かなかったらフェンもおそらく同じ結果になっていただろう。

 その自覚があるからこそ、クラスメイトたちからの称賛に居たたまれない気持ちになるのだ。


 ソフィに教わった罠でラビィを捕まえて、それで宿題を終わりにするのはずるいだろうと剣と攻撃魔法でもう一度、南の草原に挑みに行こうと思っていた。……思ってはいたのだ。

 でも――。


「フェン、ラビィのお世話を手伝わせてくれる!?」


 ソフィに毎日、キラキラの目でそうお願いされたら断れない。今日は南の草原に行ってくる、自力でラビィを捕まえてくる……とは言えなかったのだ。自身の意志の弱さが招いた結果だ。

 そういう負い目もあるからフェンは小さくなりながら事情を説明しようとしたのだけど――。


「いや、すごいのは俺じゃなくて幼なじみの……!」


「なんだよ、謙虚だなぁ! 冒険科の入科試験でダントツ一位だったやつは違えな!」


「謙虚とかそういうんじゃなくて本当に幼なじみが……!」


「さすがは現騎士団長の息子、次期騎士団長候補だよね。こういうときも偉ぶらないんだもの」


 素直で純粋なクラスメイトたちはむしろ、そんなフェンの態度を好意的に取ってしまい、フェンはますます居たたまれない気持ちになった。


 魔物学の授業が始まり宿題提出の時間になると居たたまれなさはさらに増した。


「それじゃあ、みんな。教科書の九ページ目を開くように」


 四十代半ばのふっくらふくよかな男性教員がにこやかに言った。

 今日、配られたばかりの真新しい教科書を開くとそこには罠の仕掛け方が載っていた。ソフィが本にも載っていると言っていた草を結んで作る罠だ。この罠を使って小型の魔物や動物の足を引っかけて転ばせ、作ったすきをついて剣や攻撃魔法で倒す、という説明もソフィから聞いた話そのもの。

 三十二番目の兄が見せてくれた本というのは教科書のことだったのかもしれない。三十二番目の兄はもちろん、ソフィの一〇八人いる兄全員がこのブラムウェル・バリンスカ学園の冒険科を卒業しているのだ。


 でも、教科書に書いてある罠では倒すことはできてもラビィを生け捕りにすることは難しい。魔物学の先生もそれを知っているのだろう。そして、この魔物学の先生は用意していた答え以上の答えを生徒が返してきたからといってムッとするようなタイプの先生ではない。


「さて、先生の説明は一旦、ここまで。みんなも気になっていることだろうからね。フェン・G・ヘスくん、教壇へ。どうやって捕まえたのか、みんなの前で話してもらえるかな。あぁ、捕まえたラビィも連れてきてね。ささ、話して!」


「いや、あの……話しますけど、この罠を考えたのは俺じゃなくて……」


「ささ、ささ! 話して、話して、話して! どうやって捕まえたの? ねえねえ、どうやってめっちゃ俊敏なラビィを生け捕りにしたの!? ねえねえ、教えて!」


「教えます! 教えますけど、まずは俺の話を! この罠を考えたのは俺じゃないっていう話を!」


「ねえ、ねえ! 教えて、教えて教えて教えて!!!」


 どちらかといえばソフィと同類。教師としてのプライドなんてものよりも他の何よりも好奇心の優先順位が圧倒的に高いタイプの教師っていうか人っていうか変態だ。


「ねえねえ、どうやって捕まえたの? 白くてもふもふで俊敏なラビィちゃん、どうやって捕まえたの!?」


「教えます! 教えますからゾンビみたいによだれを垂らさんいきおいで近付いて来ないでください! あと、この罠を考えたのは……!」


「先生、落ち着いてください。本当に落ち着いて。生徒たちが引いてますから落ち着いて」


 目をキラッキラさせてフェンに迫ってこようとする魔物学の先生の肩を同席していた魔法学の先生がつかんで止める。細身の女性教員だけど植物魔法を駆使してどうにかこうにか拘束した。


 このあと教壇に立ったフェンが説明をしているあいだも魔物学の先生は大興奮で、教師という職務を放棄しているとしか思えないテンションで質問攻めにしまくった。生徒たちがあきれるのを通り越して笑い出すほどに授業は長引いてしまったのだけど、そこは割愛。

 ただ――。


「この罠を考えたのは俺じゃなくて二才年下の幼なじみなんです! 俺は街の外に出られないソフィの代わりにソフィが考えた罠を試しただけで……!」


「街の外に出たことのない子が、街の外にしか生息していない魔物や植物のことをそこまで調べられるわけないよー」


「まだ初等科の子が罠を使うことに思い当たるとも思えませんし、ねえ」


「それは冒険者の兄がいてその人たちから話を聞いて!」


「先人の話をきちんと聞いて活かしたのかー!」


「偉いですよ、フェン・G・ヘス」


「いや、だから偉いのは俺じゃなくて……」


 魔物学の先生の教えて攻撃に邪魔をされながらも伝えた説明は、魔物学の先生にも魔法学の先生にも一蹴されてしまったのだった。


 ***


「ラビィを捕まえるというこの宿題の教訓は剣や魔法だけに頼ることなく頭を使って魔物を倒しましょう、ということ。そのためにも座学も真面目に受けるように、ということ」


 フェンが席に戻ると教壇に立った魔法学の先生がにこりと微笑んだ。魔法学の先生の言葉に生徒たちはみんな、引きつった笑みを浮かべた。冒険科に入科する生徒は体を動かすのは好きだけど勉強は大嫌いという子が多い。冒険科に入科が決まった夏休みに〝ラビィを捕まえてくる〟という一見すると簡単そうだけど実はかなり難易度の高い宿題が出たのはそんな生徒たちに釘を刺すためだったのだろう。


「今年のみんなは運の良いことにもう一つ、教訓を得ました。本から学ぶだけでなく観察することでも答えにたどり着けるということです」


 魔法学の先生の視線がフェンに向けられ、つられるようにしてクラスメイトたちの視線も集まる。どの視線も称賛や尊敬といったキラッキラな視線なもんだからフェンの居たたまれない気持ちは最高潮に達した。

 だから――。


「それではみなさん、突然ですがここからは魔法の授業です。みなさんには口封じの魔法を体験してもらいます」


 魔法学の先生が突然、そんなことを言い出してクラスメイトたちの視線がそれたことにフェンは正直、ほっとしていた。


「私たち教師がどのような教訓をあなたたちに伝えたくてこの宿題を出すのか。事前に知っていてはその効果は半減してしまいます。……というわけで将来、この宿題を受けるあなたたちの後輩のために」


 毎年、同じ宿題が出されているはずなのに。同じようにこの学園に通い、冒険科に入科した兄弟たちがたくさんいるはずなのに。どうしてフェン以外の誰一人として宿題を終えることができず、宿題の答えがもれることもなかったのか。

 その理由に気付いて顔を引きつらせる生徒たちを見まわし、魔法学の先生はにっこりと微笑んで杖を振ったのだった。

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