第8話 ソフィのお願い
「……という感じで宿題提出は終わりました」
「あらあら、まあまあ。宿題を無事に終えたのはクラスでフェン一人だったんですか」
「すごいね、フェン!」
「クラスどころか何十年も毎年のように同じ宿題を出し続けて初だって」
「あらあら、まあまあ。ラビィを捕まえるってそんなに大変なんですね」
「すごいね、フェン!」
今さらのように目を丸くするマリと、マリお手製の夕食をおいしそうに口に運びながら何の含みもなく笑顔で言うソフィにフェンは眉間にしわを寄せた。
「すごいのは俺じゃなくて罠を考えたソフィでしょ」
「でも、ラビィを捕まえたのはフェンだよ?」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
やっぱり笑顔のソフィにフェンはうつむいた。
たしかにラビィを捕まえたのはフェンだ。でも、ソフィに教わったとおりに罠を仕掛けただけ。今の状況はソフィの手柄を横取りしているようなものだ。
でも、罠を考えたのはソフィだと言っても誰も信じてくれない。
ソフィはまだ初等科に通う十才の子供で安心安全な街の中しか知らない。本に書いてあることならともかく、街の外に出たこともない子供が塀のすきまからちょっとのぞいただけでラビィやフキウキウキノトウの生態に基づいた罠を考えつくはずがない。
先生たちもクラスメイトもそう思い込んでいるからフェンの話を取り合おうとしないのだ。
「なぁ、ソフィ。俺がラビィを捕まえるのに使った罠はソフィが考えた罠だって証明する方法はないのかな」
「証明? 別にそんなことしなくても……」
ソフィがそこで言葉を切ったのはフェンの前に並んだ料理が手付かずだったからだ。ソフィのお皿はほとんど空になっているのにフェンのお皿はマリお手製の料理がずらりと並んだままだったからだ。
暗い表情でうつむくフェンを困り顔で見つめたあと、ソフィは助けを求めるようにマリを見上げた。ソフィの視線に気が付いたマリはツンとそっぽを向く。
――自分の好奇心を優先してフェンの優しさにつけ込んだ罰ですよ。
――少しは反省しなさい。
そう顔に書いてある気がしてソフィは首をすくめ、
「証明……証明……」
宙に視線を泳がせた。
「塀のすきまからラビィを観察してたときの日記」
「……日記?」
「うん、観察日記。それを魔物学の先生に見せれば証拠になる……と思う。字のクセがあるからフェンが書いたものを私が書いたって言ってるんじゃないかって疑われることもないだろうし」
「……字のクセ」
たしかに、とフェンもマリもうなずく。
目の前の状況や頭に浮かんだ疑問を書き記すのに手が追い付かないのだろう。ソフィが書く字はソフィにしか読めない崩し文字になっているのだ。それがクセになってしまっているせいでノートやテストの解答用紙を提出したときには必ず、読める字で書きなさいと先生に怒られている。
ちなみにフェンが書く字はマス目に書いたようなきっちりとした字。ソフィが書く字と並べたら一目瞭然。まったくの別物だ。
「フェンの話を聞いて私があとから書いたんじゃないかって疑われることもないと思う。だって、ラビィの観察を始めたのは夏休みの宿題が出る一ヶ月以上前だし、観察日記には日付と天気が書いてあるから。天気は魔物や動植物を観察するときの重要な情報だから事細かに書いてあるし、きっと魔物学の先生も同じような記録をつけてるだろうし」
「先生も記録をつけてるってどうしてわかるんですか?」
「ラビィを観察するのに塀に通ってたとき、週に七回くらい見かけたから」
マリの問いにソフィはあっけらかんと答えた。週に七回ということは毎日ということなのでは? と思ったけどフェンもマリも口にしなかった。あきれて物が言えなかった、と言った方がいいかもしれない。
魔物学の先生からソフィと同類のにおいを感じ取っていたフェンだったけど、その直感はあたっていたようだ。
「毎日、会ってたなら魔物学の先生もソフィのことを覚えてるだろうし、それなら話が早いな! ……毎日、会ってたんだよね?」
ソフィが微妙そうな顔をするのを見てフェンは不安げな表情で聞き返した。
「毎日、見かけてたしすれ違ってたけど……どうだろう。興味のあることは覚えてるだろうけど興味のないことは覚えてないだろうから。私も先生がズボンのベルトに引っ掛けてるウズラカズラが気になって覚えてただけだし」
「……ウズラカズラ?」
「ウズラカズラっていうのは袋状のあご? 首? を持ってて、ツルみたいに細長い尾をした、ウツボカズラにそっくりの鳥の魔物! 卵からかえって最初に見たものを親だと思い込む〝刷り込み〟って生態を鳥と同じように持っていてね、ヒナの頃は細長い尾を親鳥に引っ掛けてぶら下がって移動するんだ!」
魔物学の先生は何かしらの事情でウズラカズラのヒナの面倒を見ているのだろう。ウズラカズラの親代わりをしている魔物学の先生が気になってソフィの記憶には強く残った。でも、魔物学の先生が興味を引くような何かを持っていなかっただろうソフィは先生の記憶に残っているかわからない、というわけだ。
フェンの暗い表情を見てしょんぼりしていたソフィだったけどウズラカズラの姿を思い浮かべたのだろう、目がキラキラし始めた。結局、いつもの調子に戻ってしまったソフィにマリは額を押さえてため息をつく。
「その先生がソフィの同類なら覚えていませんね。えぇ、絶対に覚えていません!」
「う……うん! でも、ほら、ソフィが書いたっていうラビィの観察日記があれば大丈夫! 魔物学の先生の記憶にソフィが残ってなくても多分、きっと、大丈夫! ソフィが考えた罠だって証明できるよ!」
あきれと不安を振り払うようにやけに明るい声で言ったフェンは――。
「うん、たしかに観察日記があれば信じてもらえると思う。でも……やっぱりいいよ」
ソフィの言葉に再び表情をかげらせた。
でも――。
「それよりも私、フェンにお願いしたいことがあるんだ。捕まえたラビィのことなんだけど……!」
「……っ」
ソフィが急に顔を近づけてきたものだからフェンの暗い顔は一気に赤くなった。動揺するフェンとお構いなしに至近距離で目をのぞきこむソフィを見てマリは苦笑いを浮かべた。
一〇八人の兄もフェンもこうやってソフィに巻き込まれていってしまう。意識してやっているわけでも計算でやっているわけでもないのだろうけど、だからこそ――。
「……私はフェンの将来もあなたの将来も心配ですよ、ソフィ」
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