第6話 本に載ってる罠と思い付いた罠

 残像が残るほどの素早さで逃げ回るラビィ。〝肉体強化〟の能力を天から与えられた冒険者の卵・フェンでもその素早さに追い付けない。剣で切ることも攻撃魔法をあてることもできない。

 そんなラビィを捕まえる方法をソフィはついに、ようやく、やーっとこさ、長い寄り道の末に語り始めた。


「本に載ってる罠はラビィに限らず小型の魔物や動物に使える罠。青草を二束取って上の方で結んで輪を作る」


「エプロンのポケットに何、入れてるの。ソフィ」


 たこ糸を取り出して実演してみせるソフィにフェンは苦笑い、マリは目をつりあげた。たこ糸に限らず使ったものを元あった場所に戻さないでポケットにしまうくせがソフィにはある。いっしょに洗濯してしまわないように毎回、チェックするのが結構な手間なのだとため息まじりに何度、マリがこぼしたことか。

 もちろん口を酸っぱくして〝ポケットに入っているものを出してから洗濯に出すように!〟と言っているのだけど暖簾に腕押し、ぬかに釘。気になってしかたがない何かを見つけてしまったソフィの頭からはすぽーん! と吹き飛んでいってしまうのだ。


「こんな風に……」


 今回もマリのお小言がすぽーん! と吹き飛んでいってしまったらしいソフィは糸の端と端を結んで見せたあと、右手の人差し指と薬指を足に見立ててテーブルの上を疾走し始めた。


「走ってきた魔物や動物がこの輪に足を引っかけて、転んだところを剣や攻撃魔法で倒すっていう罠」


 たこ糸の罠に引っ掛かったソフィの人差し指と薬指がテーブルに倒れ込む。

 正直、フェンにとってはその話だけでも十分に目からウロコだ。罠に引っ掛かってすきのできたラビィならなんとか倒せそうな気がする。

 でも――。


「この方法だと逃げられてしまう可能性が高い」


 ソフィの話はそこで終わらない。再びたこ糸を手に取ると片側に輪っかを作ってみせた。


「ラビィの大好物がフキウキウキノトウだってわかってるのなら。キツネがネズミを捕まえるときみたいに飛び上がって、前足をそろえて土の中に潜ろうとするフキウキウキノトウを捕まえようとするのなら……!」


 木のテーブルにある丸くて茶色い模様を囲むように輪っかを置いたソフィは早口でまくし立てるのをピタリとやめてじーっとフェンを見つめた。ソフィの手にはタコ糸のもう一端がにぎりしめられている。

 十二年という人生の半分近くをいっしょに過ごした幼なじみの考えることだ。言われなくてもわかる。フェンはラビィよろしく前足――じゃなくて両手をそろえるとフキウキウキノトウの穴に見立てた丸くて茶色い木の模様に飛び込んだ。

 瞬間――。


「そぉれ!」


「……」


 ソフィが掛け声とともに手に持ったたこ糸の一端を引っ張る。するともう一方の輪っかがキュッと引きしぼられてフェンの前足――じゃなくて両手がお縄となった。

 お縄にされ、キラキラした目でソフィに見つめられたフェンが唇を引き結んだのはソフィの後ろに立つマリの視線が冷ややかだったからだ。


 ――ほら、やっぱり惚れた弱みの典型みたいな行動を取るじゃないですか。


 マリの顔にそう、でかでかと書いてあるものだからソフィの誇らしげな笑顔ににやつきそうになるのを必死にこらえているのだ。


「これなら草の結び罠よりも確実にラビィを捕まえられる。転んだすきに剣や攻撃魔法で倒す必要もないから睡眠魔法で眠らせることもできる。そうすれば生きたまま捕まえることもできる!」


 ソフィが立てた人差し指の先にふわふわと紫がかった霧が現れた。

 睡眠魔法は雷や炎、水といった攻撃魔法に比べると速度が格段に遅いうえ、対象の近くで唱えないと届く前に効果が消えてしまう。草の結び罠に足を引っかけて転んだだけのラビィに使うのは難しい。でも、前足をお縄にされて逃げられないラビィになら十分に使える。


「たしかフェン、睡眠魔法も使えたよね?」


 睡眠魔法を使える者は魔法を使える者の中でも少数。適性がない場合もあるけど、速度が遅くて届く範囲も狭いとなると魔物や魔族と戦うときには役に立たず、そもそも習得しようとする人が多くないのだ。


「……大丈夫、使えるよ」


 フェンが使えるのだってソフィが旺盛な好奇心ゆえに睡眠魔法なんていつ使うかもわからない魔法まで習得しようとしたから。いっしょになって魔法が得意な八十七番目や九十一番目のソフィの兄たちに習い、額を突き合わせて本を読んだ。好きな子の前でカッコつけたいという気持ちと年上としての意地、男としての意地で一人、こっそり練習してギリギリ、ソフィよりも早く習得したのだ。

 ソフィは当然、フェンが睡眠魔法を使えることを知っている。ソフィがじーっとフェンを見つめてわかりきったことを確認する理由。十二年という人生の半分近くをいっしょに過ごした幼なじみが考えていること。

 そんなの言われなくてもわかる。十分にわかる。


 うなずくことに葛藤がないわけじゃない。

 ヒトから教わった方法でラビィを捕まえる、宿題を終わらせるというのはちょっとずるいんじゃないかと思う。自力でラビィを捕まえて男としてのメンツを保ちたい、好きな子の前でカッコつけたいという気持ちもある。

 だけど、街の外に出られない自分の代わりに考えた罠を試してきてほしいというソフィの願いを叶えてあげたいとも思う。ラビィを生きたまま捕らえて街の外にもラビィにも興味津々のソフィを喜ばせてあげたいと思う。


 プライドと好きな子の願いを叶えてあげたいという思い。

 フェンの心の天秤は秒で、いきおいよく、ガッチャーーーン! とかたむいた。


「わかった、ソフィの考えた罠が使えるか試してくるよ。ちゃんと睡眠魔法を使って生きたままラビィを連れて帰ってくる!」


「フェンもラビィもケガなく!」


「生きたまま、ケガなく、ラビィを連れて帰ってくるし、俺も帰ってくる!」


「やったぁ!」


 言い直して深く、大きくうなずくとソフィは満面の笑顔でバンザイして部屋の中を飛び跳ね始めた。そんなソフィを見てにやつくのをこらえるのをすっかり忘れていたフェンはマリが生暖かーい微笑みで自分を見ていることに気が付くと黙って両手で顔をおおった。


「はい、そうです。惚れた弱みです。……何が悪い!」


「別に何も言ってませんよ。えぇ、全然、一言も、何も言ってません」


 大真面目な表情と声で言ったあと、マリは苦笑いした。


「ただ、まぁ、ちょっと……将来が心配だなとは思いましたが」

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