イケメンの幼馴染よりもモテたい俺の話

月之影心

イケメンの幼馴染よりもモテたい俺の話

 俺は松平まつだいら正斗まさと

 どこにでも居る普通の、女子にモテまくりたいと思っている高校2年生だ。

 何故そんなに女子にモテたいのかと言うと答えは簡単……モテないからである。


 「俺が全然モテないのに……どぉしてオメェはモテまくってんだよぅ!?」


 「知らないよ。」


 昼休みの教室で、俺の前の席に後ろ向きに座って弁当を食べているのは織田おだ浩海ひろみ

 幼稚園の頃に隣の家に越してきて以来ずっと付き合いのある俺の親友とも言える幼馴染で、今言った通り浩海は中学校に入ったくらいの頃から現在進行形でクラス内は言うに及ばず、校内や果ては他校の女子からもモテにモテまくっている。


 「ボクは何もしていないのに向こうから来るんだから仕方ないだろう?」


 「ぐぬぬぬ……大体!女子がみんな浩海の周りに集まるってのがおかしいんだ!」


 「おかしい?何がおかしいんだい?」


 「オメェも女子だろがいっ!」


 そう……浩海は女子である。

 それはもう、整った顔立ちに抜群のスタイルで、下手なグラビアアイドルなんか目じゃないくらいの美女であり、加えて頭はいいし、運動も出来るし、気遣いも出来て性格もいいし、おまけに高身長ときたモンだから、モテるのは当然と言える。

 だが、浩海の周りを取り囲むのは全員女子である。


 「別に女子同士仲良くしたっていいじゃないか。」


 「仲が良いだけで浩海と話して頬を紅く染めたり目をウルウルさせたりするか?あれは完全に『恋する乙女』の顔だぞ。」


 「ふふっ。皆可愛いよね。」


 「そういうところだっ!」


 多くの女子が浩海の方を向いている為かどうかは定かではないが、我が校の男子たちは同校の女子と付き合っているという噂を殆ど聞かない。

 勿論、こっそりと付き合っている男女は居るのだろうけど、浩海のインパクトがあまりにも強い為に話題に挙がらないというのもあるのかもしれない。


 「ご馳走様。」


 浩海が手を合わせて弁当箱にちょこんと頭を下げると、教室の外から中を覗き込んでいた女子数名が『きゃー!』と黄色い声を上げてバタバタと走り去って行く。


 「また誰かから貰ったのか?」


 「うん。今日は1年の朝倉あさくらさんって子みたい。」


 浩海は弁当と一緒に渡されたであろう薄いピンク色の封筒に書かれた名前を見てそう言った。


 「あー1年生なら仕方ないか。」


 「仕方ない?」


 俺は鞄の中からコンビニで買ったサンドイッチとパックの野菜ジュースを出して浩海に渡した。


 「浩海の弁当にしては随分可愛らしいサイズだと思ったんだ。」


 サンドイッチとジュースを受け取った浩海はキョトンとした顔で俺を見ていた。


 「くれるの?」


 「あぁ。そんなちっこい弁当じゃ足りんだろ?」


 浩海はサンドイッチの袋を開けて取り出し、両手で大事そうに持って俺に笑顔を見せた。


 「ふふっ。やっぱり正斗はイケメンだね。」


 「モテまくってる浩海に言われると嫌味にしか聞こえんな。」


 「ボクは昔から正斗はイケメンだと思っているよ。」


 「昔から?」


 浩海がサンドイッチを一口齧り、俺の目をじっと見たまま口をモグモグと動かしていた。

 パックの野菜ジュースにストローを挿し、チューっと一口擦って口を離す。


 「あぁ、昔からだ。小学2年の時は親よりも先にボクが熱を出していた事に気付いてくれた。中学の時も体調が悪かったのを誰よりも早く気付いてくれて保健室に連れて行ってくれた。誰も気付かない事を正斗だけが気付いてくれる。ボクにとっては正斗は誰よりもイケメンだよ。嫌味で言うわけが無いだろう?」


 そう言う浩海は優しい笑顔で俺の目をじっと見詰めていた。

 気恥ずかしかった俺は、ふいっと顔を横に向けてパックの牛乳に口を付けた。


 「ま、まぁ……長い付き合いだしいつもと様子が違えばすぐ分かるし……」


 ガタッと音がした方に顔を向けると、浩海が椅子から立ち上がって俺の方に身を乗り出し、俺の顎に人差し指を添えて自分の方に顔を向けさせた。


 「その誰も気付いていない事を真っ先に気付くのがイケメンって言うんだ。」


 「なっ!?」


 「これからも、ボクだけ見ててよ。」


 相手が浩海とは言え、まさか女子に『顎クイ』をされると思っていなかった俺は、恥ずかしいやら何やら訳が分からない感情で頭がショートしそうだった。


 「い、いいからさっさと食って5時間目の準備しようぜ!」


 これ以上浩海のをくらったらヤバいと思った俺は、浩海の手を払うとパンの残りを口の中に放り込んで牛乳で流し込み、慌てて席を立って教室の出口に向かった。

 背後から浩海の『ふふっ』と笑う声が聞こえていた。


-・-・-・-・-


 ボクがこの街に越して来たのは幼稚園の年長組になる直前だった。

 幼い子供は幼いなりにコミュニティを作っていて、年少組で既に出来上がっていたコミュニティの中に入って行くのはボクにとってはかなり勇気のいる事だった。


 (ともだちできるかな?)


 そんな不安を抱えながら、母親とご近所に引っ越しの挨拶回りをしていた時だ。


 『おれがついててやるからしんぱいすんな!』


 挨拶に来ただけなのに、正斗はボクの顔を見て満面の笑顔を浮かべて最初にそう言ったんだ。

 その時は結構引いたんだけど、多分ボクは相当不安そうな顔をしていたんだろう。

 いや、母親も正斗の言葉に一瞬(この子は何を言っているのかしら?)みたいな顔をしていたから、母親ですら気付かないくらい微妙な表情だったのかもしれない。

 なのに、正斗はボクの不安な心を一瞬で見抜いてそう言ってくれたんだ。


 『よ、よろしくね……』


 『うん!よろしく!』


 あの時の正斗の輝く笑顔は今でもはっきり覚えている。


 (なんてかっこいいんだろう……)


 ボクはあの時から、正斗のことが大好きになって、今でもその気持ちは変わっていないし、何ならどんどん好きな気持ちは膨らんでいる。


 こんなイケメンの幼馴染にボクは相応しいのだろうか?と思い始めたのは小学5年くらいの頃だ。

 誰よりもボクの事を見てくれている正斗に甘えてばかり居たのでは、その内愛想を尽かされるんじゃないかと不安になった。

 そこからボクは心身共に強くなろうと自分磨きに精を出した。

 まだ正斗が寝ているであろう時間に起きてランニングをしたり、食事に気を付けたり、風呂上がりのスキンケアを念入りにしたり……今思えば小学生だったと思う。

 勉強は元々ボクの方が成績が良かったけど、正斗に頼ってもらえるよう今まで以上に頑張った。

 夜中にホラー映画を一人で観て動じない心を得ようとしたのは効果があったのかどうか分からないけど。

 とにかく、正斗に見合う人間になりたいとボクは必死になって自分を鍛え上げた。


 気が付けば、ボクは正斗よりも背が高くなっていたし足も速くなっていたし、勉強も常に上位をキープ出来るようになっていて、何故だか男子の正斗よりも女子にモテるようになってしまっていた。


 (こんなつもりじゃなかったんだけど……)


 内心苦笑いしつつ、それでも正斗は相変わらずボクと一緒に居てくれて、ボクのちょっとした変化も見逃さないところは変わらなかったのは何より嬉しかった。


 だからボクは、今も、これからも、正斗を好きで居るんだ。


-・-・-・-・-


 「何で俺はこうもモテないんだ……」


 今日も今日とて自分の非モテを嘆いている。

 見た目はそんなに悪くないと思う。

 勉強が出来る方ではないけど、笑われるような成績ではない。

 運動だって人並み程度に大抵の事は出来る。

 なのにモテないとなると……他に何か……浩海にあって俺に無いものがあるのではないだろうか?

 と言って、浩海に訊いてもあの超絶美人顔で『ふふっ』って笑って流されるだけなんだよな。


 そんな事を思いながら帰りの支度をして席を立つと、当然のような顔をして俺の席の前に浩海がやって来る。

 いつもの澄んだ笑顔に何か言いたげな目をして。


 「何処か行きたい所でもあるのか?」


 「ボクは何も言ってないよ?」


 「そうか?何処か行きたそうな顔をしてたけど。」


 浩海は切れ長の目を大きく見開くと、今度は目を細めて『ふふっ』と笑った。


 「本当に正斗は凄いね。どうしてボクに寄りたい所があるって分かったんだい?」


 「どうしてと言われてもな……分かるモンは分かるとしか……それで何処に行きたいんだ?」


 「じゃあ着いて来てよ。」


 「何処に?」


 「いいから。」


 そう言って浩海は教室を出て行こうとしたので、俺は鞄を担ぎ直して浩海の後を追うように教室を出た。


 そして辿り着いたのは俺の家。


 「俺ンちじゃん。」


 「そうだよ。」


 「寄り道でも何でも無かった。」


 「ボクにとっては寄り道だよ。」


 「浩海の家、隣じゃん……ってまぁいいけど。で、俺ンちで何するんだ?ゲームか?」


 浩海が呆れたような顔を見せる。


 「正斗は来週何があるか忘れてるのかな?」


 「来週?何かあったか?」


 「期末試験だよ。」


 俺の心臓がきゅっと縮まる。

 聞きたくない名詞をさらっと言いやがる。

 そんな俺の反応に浩海が溜息を吐く。


 「正斗はモテたいんだろう?」


 「モテたいっ!」


 「それなら、勉強してテストでいい点を採って女子たちの注目を集める必要があるだろう?」


 「勉強じゃなくてもよくね?」


 「じゃあ正斗は勉強以外で何か女子たちの注目を浴びられるような何かがあるのかい?」


 「ぐっ……げ、ゲームだ!マリ○カートなら誰にも負けない!」


 「ボクに何度も負けてるじゃないか。」


 「ぐぅ……ぷよ○よ……も戦績は似たようなものか……」


 「だね。てか小学生じゃないんだからゲームが上手くてモテまくれるわけないだろう?」


 「むむ……」


 「スポーツだって部活でやってる人に今から追いつくのも厳しいし。だったら一番手っ取り早いのは勉強じゃないか。」


 「い、いや……他に何かある筈だ!」


 「往生際が悪いよ。」


 「え?ちょっ……!?」


 浩海は俺の肩に手を回してぐっと引き寄せると、自分の家でも無いのに『ただいまぁ』と言って玄関を開け、迷う事無く俺の部屋へと俺を連れ込んだ。

 俺は観念してベッドを背もたれに、テーブルに向かって腰を下ろした。


 ……のだが、浩海に勉強を教わり始めて10分もしない内に、既に俺の集中力は明後日の方向へと向いていた。


 「ここはxを右辺に移項すると公式と同じになるだろう?」


 「……」


 「だからこっちのyとこっちの右辺と……」


 「……」


 「聞いてるのかい?」


 「え?」


 全く聞いていなかった。

 と言うより、俺の目の前には(何の拷問だ?)という光景が広がっているので他の事など頭に入って来ない。

 ジャケットを脱いで身を乗り出す浩海の胸がテーブルの上に乗せられていて、浩海が姿勢を変えるたびにぽよぽよとまるで感触が伝わって来るかのように形を変えているのだ。


 (ジャケットの上からでも大きいのは何となく分かっていたが、まさかここまでとは……しかも柔らかそう……触ってみたいけどそんな事口が裂けても言えん……)


 「そんなに気になるのかい?」


 「え……」


 ふと浩海の声が変わったので視線を上げてみると、浩海が妖しい目付きで俺の方をじっと見ているのに気付き、慌てて目線を逸らした。


 「な、何の事だ?」


 「、見てただろう?そんなにが気になる?」


 浩美が上目遣いに俺を見ながら、シャツの胸元に人差し指を掛けている。


 「べ、べべべ別に気になってねぇし……」


 俺の目をじっと見ていた浩海が身体を起こし、シャツのボタンを一つだけ外した。


 「ふぇっ!?」


 「気にならないんだ。」


 「こういう事を言うと誤解されるかもしれんが……」


 「何だい?」


 「めっちゃ気になる。」


 「誤解でも何でも無いね。」


 そう言いながら浩海は外したボタンを掛け直した。


 「あぁぁぁっ!」


 「正斗は欲望が分かりやす過ぎるんだ。ほら、邪な考えは仕舞っておいて今は勉強だよ。」


 (はぁぁぁぁぁ……勿体ねぇ……)


 俺は諦めて浩海に勉強を教わる事にした。


-・-・-・-・-


 ボクは正斗のことが好きだ。

 出会った直後からその気持ちは変わらないし、何なら日増しにその気持ちは大きく膨らんでいっている。

 だから、これからもボクは正斗とずっと一緒に居たいと思っているし、出来る限り同じ時間を過ごしたいと思っている。

 高校を卒業して大学に行っても、このまま一緒に居られたらと思う。


 期末試験の勉強なんてただの方便。

 追い込まないといけないほど、ボクも正斗もそこまで成績は悪くない。

 大学だって正斗の志望校は把握してるし、ボクの志望校も元々正斗と同じだから今の成績をキープ出来れば問題無い。

 一緒に居られるならゲームをしたって良かったんだけど、それじゃあ正斗は画面にばかり集中してボクの方を見ようとしないからね。


 テーブルの向かい合わせに座ると、正斗はボクの胸を見るんだ。

 随分大きくなっただろう?

 もっとしっかり見てくれてもいいんだよ?


 ただなぁ……


 別に悪い事じゃないんだけど、正斗は欲望に素直過ぎるんだよね。

 何だか正斗が見ているのは『ボク』じゃなくて『ボクの胸』だけのような気がしてついそこから先に進むのは躊躇してしまうんだよ。

 もっと自然に、いつものイケメンの正斗を見せてくれならボクはいつだってウェルカムなんだけどねぇ。


-・-・-・-・-


 ある日の放課後。

 俺は1年の女子に呼び出されて校舎裏に来ていた。

 校舎からそこが見える窓は殆ど無く、また体育館との間というのもあって周囲から見えにくくなっている校舎裏は、俗に言う『告白スポット』である。

 ここに呼び出されたという事は、十中八九告白されると思っていいだろう。

 今朝、靴箱に入っていた薄いピンク色の封筒に書かれた名前に心当たりは無かったが、とにかく俺のモテ人生の始まりを予感させてくれた事に感謝だ。


 「お待たせしました。」


 校舎の影からひょこっと顔を出したのは、名前と同様に見覚えは無いが可愛らしい顔をした女子だった。


 「ぅぉえっ!?ぃいや!お、俺も今来たところで……」


 その女子はほっとしたような顔になり、一旦辺りを伺ってから俺の方に近付いて来た。

 女子が近付くに連れて俺の心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。


 「そ、それで、ここここんな所によよ呼び出してななな何の用かかかなっ!?」


 どちゃくそ噛んでしまったが、その女子は俺の目の前に来ると胸の前で手を組んで祈るような目線を俺に向けてきた。


 「!?」


 これは間違いない。

 ついに俺も女子から告白される日がやって来たのだ!


 「松平さんって織田浩海さんとお付き合いしてるんですか?」


 「え?」


 「正直に言ってください。織田先輩とは恋人同士なんですか?」


 あー、これは俺と浩海の関係を確認してから俺がフリーだと分かってから告白してくるパターンだな。

 浩海の名前が出たことで、俺は多少冷静になる事が出来た。


 「違うよ。浩海とはただの幼馴染だ。幼稚園の時からずっと一緒なんだよ。」


 俺なりに柔らかい笑顔を浮かべながら優しくそう言ったつもり。

 目の前の可愛らしい女子は一瞬眉間に皺を寄せてからホッとした表情になり、そして明るい笑顔を俺に向けてきた。

 ようやく告白タイムの始まり……


 「ですよね!松平さんと織田先輩とじゃ釣り合い取れなさすぎて付き合うなんて有り得ないですもの!」


 「は?」


 「はぁ……わざわざ確認する必要なんか無かったんですよ。なのに英語の試験の点数が一番低かったってだけで『織田先輩と一緒に居る奴の関係を確認して来い』なんて酷いと思いません?」


 『松平さん』から『奴』に格下げである。

 固まる俺にその女子は同意を求めるような目を向けているが、要するに告白でも何でもない罰ゲームみたいなものだったようだ。


 「は、はは……そ、そうだね……」


 「でもこれでミッションコンプリート罰ゲーム終了!織田先輩と貴方の関係がハッキリして良かったです!ありがとうございました!」


 あ~……罰ゲームって言っちゃったよ。

 そう言いながら笑顔を見せたその女子は、俺に一礼するとそのまま振り返りもせず俺の前から去って行ってしまった。

 残された俺は、女子が立ち去った方を見て茫然と立ち尽くしていたが、その女子と入れ替わるようにやって来たのは浩海だった。


 「用事は済んだのかい?」


 さっきの女子の顔を見た直後だからだろうか、浩海はやっぱり美人で大人びて見えた。

 いつもの柔らかい笑顔で、浩海は俺の顔を覗き込みながら尋ねた。


 「ぇぉ……ぅ、うん……」


 「で?」


 「で……?」


 「何て返事したのかって訊いてるんだよ。」


 「返事?」


 「放課後の校舎裏に呼び出されるなんて告白以外有り得ないだろう?さっきの女子に告白されて、正斗はOKしたのかい?」


 つい数分前までは俺もそう思っていたのだが、現実はそうとは限らない事を身を持って思い知らされたので、浩海の言っている事を理解するのにタイムラグが生じてしまっていた。

 『告白じゃなかった』と答えた俺を、浩海は呆れたような表情で見詰めていた。


 「つまり、ボクと正斗が付き合っているかどうかを確かめに来ただけだと?」


 「うん……」


 「しかも正斗を呼び出したのはテストの点が一番低かったさっきの子が受けた罰ゲームみたいなものだったと?」


 「うん……」


 耳鳴りがする程の静寂の中、温い風が俺と浩海の間を通り過ぎていった。


 「あははっ。」


 浩海が笑う。


 「笑い事じゃねぇよ……まったく……」


 「まぁいいじゃないか。実際、ボクはいつも正斗と一緒に居て、周りからも他の友達とは違う仲の良さを見られているんだから。確認くらいさせてあげてもいいと思うよ。」


 楽しそうに笑いながら言う浩海とは対照的に、俺の気分はマリアナ海溝よりも深く沈んでいた。


-・-・-・-・-


 放課後、今日も正斗と一緒に帰ろうと思っていたのに、気が付けば正斗が教室から消えていた。

 鞄はまだ置いたままだから帰ったわけではなさそうだ。


 『何かキモい笑顔浮かべて出て行ってたけど……』


 クラスの女子に教えてもらった情報を元に他の子たちにも訊いて回ると、どうやら下級生に呼び出されて校舎裏に行ったらしいとの話が訊き出せた。

 校舎裏はマズい。

 あそこはうちの高校の告白スポットとして有名な場所だ。

 ボクは焦る気持ちを抑えられず、途中声を掛けてくる女子たちに笑顔を返しながら急いで校舎裏へと向かった。


 (正斗にはボクが最初に告白するんだ!)


 そして校舎裏にやって来ると、ちょうど笑顔の女子が校舎裏から別の方向へと走り去って行くのが見えた。

 あの子が正斗に告白したのだろうか?

 笑顔と言う事は正斗はOKしたのだろうか?

 焦りと不安でどうにかなってしまいそうだったが……


 (あれ?)


 校舎の影から正斗の居る方を伺ってみると、正斗は魂が抜けたみたいな顔をして立ち尽くしているのが見えるだけだ。

 後輩女子が正斗をこんな場所告白の聖地に呼び出したのだから、正斗は意気揚揚とした顔をしていると思ったのだけれど、どう見てもアレは告白して玉砕した側の姿だ。


 「用事は済んだのかい?」


 努めて普段通りのボクを崩さないようにそう尋ねた。

 正斗はキョドりながら『俺と浩海が付き合っていない事を確かめるために俺を呼びつけただけで告白なんかじゃなかった。』と寂しそうな顔でそう言ったので、少し間を開けてからつい笑ってしまった。


 「あははっ。」


 「笑い事じゃねぇよ……まったく……」


 人は安心すると封じ込めていた感情が噴き出すと言う。

 ボクは笑った。

 正斗がボク以外のモノにならずに済んだ安心感から。


-・-・-・-・-


 「モテたい……」


 学校帰り。

 背筋を伸ばして歩く浩海の隣で、俺は背中を丸めて『トボトボ』という擬音と一緒に歩いていた。


 「正斗はそれしか無いのかい?」


 柔らかいが呆れたような声が右側やや上方から聞こえてくる。


 「モテる浩海には分からんのだ。お前はいいよな……顔もスタイルもいいし勉強も運動も出来るし気遣いも出来て性格もいいし……」


 「そうだね。」


 「ぐ……一切否定しないけど事実だから何も言えん……」


 頭の上から『ふふっ』と涼し気な笑い声が聞こえる。

 昔は俺の方が背も高かったし運動もゲームも大抵は俺の方が上手かったのに、いつの間にか全てに於いて俺よりも勝る能力を身に付けていた浩海が俺なんかよりもモテるのは当然と言えば当然である。

 尤も、モテる浩海と常に一緒に居れば他の女子から俺など眼中に入らない事くらい当然分かり切っているのだが、それでも浩海と一緒に居て嫌な気にならないのは、浩海が長い付き合いのある幼馴染で、少なからず浩海に対して好意を持っているからだろう。


 「なぁ、どうやったらそんなにモテるか教えてくれよ。」


 「んー、別にモテようと思ってるわけじゃないからね。それに……」


 「それに?」


 浩海は俺の右腕に腕を絡め、その柔らかな膨らみを二の腕に押し付けてきた。

 制服越しにそのボリュームと柔らかさが伝わって来るなんてよっぽどだな。


 「ボクが好意を寄せている人だけにモテなければ意味は無いからさ。」


 「え?それは十分モテてるじゃんか。」


 「え?」


 「え?」


 足を停めた俺と浩海が目と目を合わせて固まる。

 不思議そうな顔で俺の目を覗き見る浩海の目がキラキラと輝いていた。


 「どういう事だい?」


 「どういう……って、浩海って俺の事好きだろ?俺も浩海の事は好きだからな。つまり好意を寄せている人からモテてるって事でいいんだろ?」


 「な!?」


 「ん?」


 「い、いつから気付いていたんだい?」


 「いつから……だいぶ前だなぁ。小学生くらいの頃か?」


 「どうして……」


 「そりゃああれだけ俺の行く所行く所何処でもくっついて来て何をするのでも一緒に居れば分かるだろ。」


 浩海の顔が見る見る赤く染まっていく。

 耳まで真っ赤になって俯いてしまった。

 そこまで照れなくてもいいだろうに。

 だが、勢いよく上げた顔には怒りの感情が籠っていた。


 「え……」


 「そうじゃないよ!どうしてボクが正斗の事を好きだって分かってるのにモテたいだなんて思うんだよ!?ボクにモテるだけじゃ物足りないって言うのかい!?」


 そう言いながら浩海は俺の胸倉を掴んで俺の体を揺すりだした。


 「ちょっ!?ま、待て!落ち着け!って力つっよ!」


 俺の体がガクガクと揺さぶられる。

 浩海と柔道をしたらあっさり負ける自信が付いたぜ。


 「落ち着いてるよ!ボクはいつも沈着冷静だよ!でも納得出来る答えじゃなかったらこの制服がどうなっても知らないぞ!」


 「落ち着いてる奴が制服をどうにかしようとするな!いいから落ち着けって!」


 浩海は俺の体を揺するのを止めたが、胸倉を掴んだ手は離す気配が無い。

 はぁはぁと息を荒げたまま俺の目を睨んでいる。

 俺もぜぇぜぇと呼吸を整えながら浩海の刺さるような視線を受け止めた。


 「ま、まずは俺がモテたい理由だな。それは浩海がモテ過ぎるからだ。」


 「は?ボクがモテ過ぎるのと正斗がモテたいと思うのがどう関係あるんだい?」


 「いいか?そもそも彼氏彼女ってのは対等な関係なんだ。どっちかが強くてどっちかが弱い関係はバランスが崩れてる。現状、浩海のモテ具合は高くて俺は低い。だから俺は浩海と対等なレベルまでモテる男にならなければいけない。」


 口を半開きにしたままの浩海が俺の顔を不思議な物を見るような目で見ている。


 「今のままで俺が浩海と付き合う事になりでもしたら周りからは『凸凹コンビ』と揶揄され、俺も浩海も堂々としt……」


 「ちょっと待ってよ。」


 「……何だよ?人が折角いい事言おうとしてるってのに。」


 浩海は掴んだままの俺の胸倉をそのまま引き寄せて顔を近付ける。

 キリッとした目付きと真剣な眼差し……改めて見てもかっこいいなコイツ。


 「正斗はボクと付き合いたいと思っているのかい?」


 「今さらだな。まずそこが原点だろ。浩海と付き合う為に俺がどれほど努力しているか。」


 「……」


 「そこで黙らない。本気で言ってるのかボケなのか読者様が混乱するだろ。」


 「メタい事言ってないで……と言うか本気でそう思ってる?」


 「何度も言わせるんじゃない。浩海と釣り合いの取れる男になって浩海の自慢の彼氏と言わせることが目標だからな。」


 言いながら少し恥ずかしくなってきてつい浩海から顔を逸らしていた。

 顔が近過ぎるんだよ。


 「バカだなぁ……」


 息が掛かりそうな距離で浩海がぼそっと漏らす。


 「バカって言うn……ぐぇっ!?」


 馬鹿呼ばわりされた事を諫めようと浩海の方へ向き直った瞬間、胸倉を掴んでいた浩海が俺の首に腕を回して抱き着いてきた。


 (締め落とされるっ!?)


 そう思った時、俺の右頬に柔らかいものが触れた。


 (え?キス……された?)


 火照った浩海の頬が柔らかいものが触れた頬に押し付けられる。


 「やっぱり正斗は凄いね。そんなに前からボクが正斗のことを好きだと気付いてたなんて。正斗は誰よりもボクの事を見てくれている……」


 浩海はそうぽつりぽつりと呟くように言うと、ゆっくり俺の首に回していた腕を緩めて顔を離した。

 頬はピンク色に染まり、少しだけ潤んだ瞳で俺の目をじっと見詰めて言葉を繋いだ。


 「周りが何と言おうと、ボクだけは正斗は自慢の彼氏だと言うよ。ボクにモテているのだからそれでいいだろう?」


 今まで見た事が無いくらいのイケメン顔で浩海がそう囁く。

 俺は浩海の背中に腕を回してそっと抱き締めた。


 「よくない。」


 「は?」


 抱き締めた腕を外して浩海の腰に手を当てて体を引き剥がし、イケメン顔から唖然とした顔に変わった浩海の目をじっと見て口を開く。


 「やっぱり大勢の女子からモテモテになるんだっ!」


 「ちょっ……!?」


 高らかに宣言した俺は浩海から体を離すと、くるっと体の向きを変えて夕陽に向かって全力でダッシュした。


 「ま、待ってよ正斗!」


 夕陽が二人の長い影を落とす中、俺は浩海に追われるように走った。

 いつか、自分が浩海の隣に自信を持って立てるようになる事を願いながら。

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