第2夜

からんっ。


軽快な下駄の音が、路地裏に高く響いた。

和装の男が跳躍したのだ。

斜め上に跳び、緊急階段___建物の壁、二階以上の高さについた___に鎖をかける。そのままガッと壁を蹴り上げると、彼は空中で半回転し、


__からんっ。


男たちの、ちょうど背後に立った。

老人とは思えぬ腕力と身のこなしに、破落戸達、そのリーダー格は目を見張る。だが、そのままゆるりと振り返る老人の『相手にする気が無い。』まるでそう言われたかのような雰囲気に、彼はキレた。

所詮は破落戸程度だったということか、銃を持った手を突き出し、叫んだのだ。


「っ!…つかまっ、えぁ、……がぁ⁉︎」


だが、叫びは途中で苦悶の声に変わった。

肩筋を押さえ、その場に崩れるリーダー。小刻みな痙攣、荒い息。押さえられた肩筋には何か銀色の物が見える。だが、それが何かはわからない。

リーダーの尋常ではない様子に、部下の間に動揺が広がる。

破落戸どもの統率は情けないほどに乱れた。

老人はその様子に目を細める。

「く、クソがぁ!」

恐怖からか、錯乱か。ひとりの男が銃を構えた。

___撃たれるか、その瞬間せつな

す___ぱんッ、と軽い音を立て、破落戸どもの肩に羽根矢ダーツが突き刺さった。

老人の黒い羽織がふわりと空気を含んで広がった。老人がしたのは、かなりの手練れによる投擲の技法だ。

『羽根矢』とは言ったが、それは硬い針が銀に輝き、それに付随する胴体はガラスの管、というものだった。その形状は、小さな注射器と言った方が正しいかもしれない。

「___QP/十二番」

老人の声が路地に響いた。

「何を……?」

一人の言葉に、老人は笑みを隠すことなく浮かべた。

Quickクイック poisonポイズン じゃよ。」

その言葉に、一斉に破落戸は倒れ伏した。まるで事前に示し合わせたかのような、それほどまでの早さ、同時性。

指一本、動かせないほどの痛みと強い痺れが男たちを苦しめ、地面に縫いつけていた。

「__最初は、手先の痺れからじゃ。凄まじい即効性の、のう。」

手近な男の側にしゃがみ込むと、老人は投げつけた注射器を抜き取った。

「この注射器はバネ式というやつでのう。投げつけ、刺さった衝撃で薬液を注入する。似た作りは……そうじゃのう、アナフィラキシーを起こした時の即時薬とかもこんな作りだったかのう?」

老人は随分と楽しそうに話しながら、男たちから注射器を抜いていった。

その手は投擲の時と同じく、かなり手慣れている。

「あぁ、そうじゃ」と言って、老人は破落戸どものリーダーを見下ろし、微笑んだ。


「徐々に毒は全身を巡る。果たして、死ぬまで五分も持つかのう?」

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冷酷君主 夏 雪花 @Natsu_Setsuna

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