尋ねてきた罪人

第1夜

「どうやら、道に迷ってしまったようじゃのう……。」


正午。

昼食を求め行き交う人の波。その中で、一人の男が途方に暮れていた。

深緑の着物に、肩にかけるように着られた黒の羽織。白髪で、ふちなし眼鏡をかけ、口調は年寄りめいている。

パッと見たところ、老人のようだった。

「目的地は第二区のはず、じゃよなぁ……」

むむむ。と首を傾げるこの男、どうも道に迷っているようだった。

彼は気づいていないが、今いる地点は旧東京の国有分割領。中でもかなり中心部、オフィス街だった。大戦後に再建築されたビルが並び、地方と比べると昔の風景をほとんど取り戻している場所だ。

「……地図が欲しいのう、」

小さい声は人の波の消えていく。なんとも哀愁漂う時間があった。

「あ、そうじゃ。」

そんな中、彼はふと顔を上げた。状況を打破する方法を思いついたのだ。

いそいそと袂を探り、男はするりと携帯電話を取り出した。その雰囲気に似合うガラケー、…などではなく、最新型版のスマートフォンである。

迷いなく操作すると、彼はどこぞに電話をかけ始めた。


「__あぁ、わしじゃ。__連絡が遅いって?道に迷ってのう、仕方あるまい。……そうじゃな、地図アプリ。その手があったのう。___ジジイ呼びは傷つく……儂の扱い雑じゃ………ほう___まぁ、なんとなく気付いておったよ。そろそろ片つける。……かはは、ではのう。」


大体そんな通話をすると、楽しそうな表情のまま、男はスマホを仕舞った。

「………さて。」

彼はゆっくりと、しかし先程とは違って明確な意図を持って、人の波をかき分け進み始めた。

からーん、ころーん、からーん。

時代錯誤な下駄の音が、オフィス街の雑踏と混じり合う。

ビルの側面を眺め、いくつか細い道に入り。

徐々に、人が少なくなっていく。

からーん、ころーん。

いつしか、人など誰もいない。そんな路地裏を、彼は下駄音を響かせながら歩いていた。

からーん、ころーん、からーん。

コツコツコツ、カツカツ、コツコツコツ。

一定の下駄音。いつのまにかその隙間に、革靴の音ノイズが入り始めた。

からーん、ころーん。

カツカツカツ、コツコツ、カツコツコツ。

およそ十人ほどの男たち。いずれも、そこいらの破落戸ゴロツキよりも凶悪そうな者が、男の背後に迫っていた。

彼は気づかないのか、そのまま歩みを進めていく。

その先は袋小路だ。

勝ちを確信した男たちは、それぞれの手に得物を構えた。

その時だった。


からーん、ころーん、………からんっ。

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