第5夜

目当てのビルには、最上階に灯りがついていた。


戦禍にさらされ、しかし未だ修復の目処めどが立たない。それが第二区の南部、旧市街である。

表向きの企業は『警備会社』となっていたが、数日張り込んだだけで、それが虚偽の申告だと知れた。

間違いない。ここが悪鬼ヤクザどもの巣窟である。

セツトはいつものスーツに手袋。刀を腰に差し、背にもう一本を背負っていた。

対して、冷君はワンピースの上から黒いロングコートを着ていた。サイズが少々大きいのか、コートは時折ときおり風を含み、もたりとひらめいている。

二人は崩れかけた向かいのビルから、掃討の時を待っていた。

窓の向こうで動く影。それを見つめながら冷君が言った。

「半分は殺して良い、けど半分は生け取って。」

「承知しました。」

キシッと刀を抜きつつ、セツトは返事をした。チラリと冷君が視線を寄越す。

「如何してかは聞かないの?」

「……拷問おあそびになるのでしょう?」

彼は迷い無く応えた。

「……ふふふ。___よーし、行こうか!」

冷君は応え無かった。だが、その楽しげな声で充分だった。

彼女はフードをかぶり、セツトは片手で冷君を抱き上げる。


そして、冷君が銃弾一閃。

彼は割れた窓を目がけて、正面のビルに飛び移った。


***


所変わって、日付も変わって。

関東分割領の第四区、旧茨城県。冷君の掃討より二日経った夜。

郊外の、とある屋敷での出来事。


「ご報告申し上げます。」

諜報に配備していた部下の声に、男は和綴じの本を畳んだ。

「おかえり。よく帰ったの。」

「はっ、……あー、えっと。ただいま戻りました…?」

穏やかな声に、慣れないとでも言うように部下は首を傾げた。その様子を、男は孫でも見るような優しげな顔で眺める。

「そうじゃよ、楽にしてくれて構わんのじゃ。……して、今回はなんじゃ?」

かさりと、部下の懐から一枚の紙と二枚の写真が差し出される。それは地図と、青年と少女の写真だった。

男の目がほう?と細められる。

「第二区の地図じゃな。それも詳細なもの……」

「先週の、下層部下ナナシが数名殺害された件についてです。進捗がありましたので。」

「……あの件はほんと、惜しいことをしたものじゃ。」

悲しげに男の顔が歪む。

実のところ、部下の大半が彼のこういう人間味を尊敬していた。

「……それで、報復のことかの?」

穏やかな雰囲気を切り替え、男は眉を寄せた。つられて部下も表情を固くした。

やられたならば報復せねばならない。我らはそれ程の家名を背負っている。

「そのことについてご報告しようとしたのですが……」

「ん……?」

だが、唐突に部下は歯切れを悪くした。

「すでに……始末されて、おりまして。」

第二区、二人分の写真、そして地図。男はピンときた。

「ほう___あれかのう?またもや『冷酷君主』というやつかの?」

「……はい。」

瞬間、部下は深々と土下座をした。

「対応が遅くなり、誠に申し訳ございません!」

「いや、顔を上げて構わんから!」

「私の落ち度です!もう二度目になりますし…、やはり私は」

「ほらほら、君はいつも頑張っておるじゃろ!」

あわあわと焦りつつ、男は困り顔で顎に手を添えた。


「しかし、そうじゃのう。そろそろ見に行かんとならんもんか。のう?」

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