第4夜

それは、惨状を作りだしている途中だった。


「南部の、旧市街か…。」

白い頬を紅潮させ、不意に冷君が呟いた。

彼女はセツトの方へ、ぐるんと振り返った。難しい謎が解けた時のように、深海の青い瞳は輝いている。

「うん、そうだよ。なんで見逃してたんだろう。あんなに隠れられる場所、無いじゃん!」

メスを放り出し、冷君は手近な机のタブレットを掴む。

「最近あそこの土地を買った企業……ううん、最近じゃない。もっと、…直近。直近一年と半分以内。」

拷問しつもんによって引き出した情報から、推測される土地と期間。

高揚感ハイによって分泌される脳内物質。思考がいつも以上に高速フル回転する感覚。

「……これだ。警備会社というのは表向き企業フロント。実際は掃除されるべき粗大ゴミの巣窟……!あぁ、さいっこう‼︎」

最高潮に高まった思考速度。

___そして、くらりと傾きかけた体。

セツトは目を見開いた。

「っ…レイ様!」

地下室に響き渡った悲鳴のような声に、彼女はピタリと静止する。

セツトはバクバクする心臓のまま、声を絞り出した。

「……一度。…一度、上に参りましょう。」

「____うん。焦りは、禁物だね。」



絨毯というのは足音だけでなく、口数さえも飲み込んでしまうのだろうか。

地下室から出て、冷君と二人きり。横並びに歩く時間は、ずいぶん静かなものだった。

「でも、まさかあの地区に潜んでいるなんて。意外と賢いなぁ。」

そう思っていた矢先、冷君は口を開いた。

久々の拷問あそびに気分が弾んでいるのだろう、声のトーンの割に、表情は晴れやかだった。……もう地下室に人間はいない。後片付けの大変な有機物が、ただ打ち捨てられているばかりだ。

頬についた血に気を取られながらも、セツトは返事を返した。

「探索が手薄だったようです。申し訳ありません。」

「ううん、気にしてない。ゴミはどうしても、出てきちゃうものだから。」

微笑む冷君にこくりと頷いてから、セツトは頬にねた血を拭おうとした。だがそのまま拭うと、いつもつけている手袋が汚れてしまう。

「失礼、」と言ってから、彼は一度手袋を外した。

セツトの手は、黒かった。

否。肌が黒く見えるほど模様が刻みつけられている。と言えよう。蔦の絡みつくような刺青が細かく入って、元の白い肌を濃紺に染めていた。

セツトはグッと頬を擦り、撥ねた血を拭う。

「セツト、」

冷君の声に、彼はハッとした。

彼女にとってもセツトにとっても。その刺青は、あまりいい記憶を呼び起こさない物だった。

「……すみません。」

彼は立ち止まって頭を下げかけ、その動作を冷君に止められた。

「すぐに謝っちゃダメ。謝罪の価値が下がるよ。」

「ですが……」

尚も食い下がろうとしたセツトに、彼女はため息をついた。

「刺青なら気にしてないよ、だから怯えるのはやめない?」

「っ……すみません。」

どうにもならないな。

最大のため息を吐いて、冷君は手を上げた。

白くて華奢な手がセツトに向けられる。彼は身構え、そして、……ぽすりと手を頭に乗せられた。

困惑したような彼に、冷君は呆れたような表情をした。

「セツトは、私の大切な腹心だよ。捨てないから安心して?」

不器用な笑みを浮かべたのは、どちらだったか。

セツトはゆるりとその場に膝をついて、言った。


「___いつまでも、あなたにお仕えします。」

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