深夜

「よく考えること。それがこの世で生きていくために必要なことだ。」

冷君は優しそうに目を細めた。

「この言葉、聞いたことある?」


ひゅー、かはっ………。ひゅー、と。

荒い息だけが、ただ地下室に反響していた。言葉は無い。男にはもう、話すほどの余裕が残されていなかった。

メスの銀が照明を跳ね返して煌めく。右腕はもはや針山のようになっていた。

筋肉を断裂し、神経を傷つけ、ズタズタにされた腕。されど、重要な血管は一本も傷ついておらず、適切に止血が施されていた。

傷つけながらも決して殺さず、適度に治療さえする。なんとも異常な光景だ。

「多分、聞いたことあるよね。数年前にここを牛耳っていたひとが言っていた言葉だもんね。」

激痛と戦いながら、男は全力で首を振った。


冷君が示唆しているのは、かつて関東第二区を治めていた男である。その男が君臨した時代こそ、旧千葉の治安が最も悪くなった時期だ。

しかし、某組織の幹部である男は知っていた。

自分を拷問し続けるこの冷酷君主こそが、この第二区の治安を大規模なによって改善したことを。

そして、かつて君臨していた者がどうなったかを。


「嘘は、いけないよ?」

「ぐ、がぁ、ぁぁぁぁ!」

走った激痛に、男は苦悶の声を上げた。焼けつくような痛みが掌、その中心を刺し貫く。

「知らない訳が無いもん。」

冷君は鉄杭で男の手をめ、細い指先でぐらぐらと揺らした。

筋肉が裂け、骨が軋み、擦れ。神経をぶちぶちと切断する。

男の身体をもてあそびながら、彼女は微笑んだ。

「だって君たちは私を殺して、第二区を元の状況にしようとしてるんでしょ?」

視界を覆う黒い布。それさえ無ければ、男の目は驚愕に見開かれていただろう。

バレているのか?

命を何度も狙ったことが。暗殺を仕掛けた組織が、自分たちであることが。

伝わってくる男の動揺。冷君はゆるりと目を閉じると、大きくため息をついた。

「……カマかけただけなのに、正解かぁ。」

「!っ…ちが、違う!俺た、ぁぁぁぁぁあぁがっ⁉︎」

痛い痛い痛い。されど、のたうち回ることさえ拘束のせいで許されない。

獣のような声で、男は絶叫した。

「……ふむ。」

緩慢な動きで、セツトは自分の左手を確認していた。軽く手首を回し、指先までを伸ばし、ゆっくり端から関節を曲げる。

冷君の指示に従い、彼がその手で、男の重要な骨を砕いたのだ。

「嘘ばっかり、さっき言ったのにね。」

もう男の右腕は使い物にならないだろう。そして、これ以上傷つけるのも、得策では無いだろう。

冷君は天使のように、美しく微笑んだ。


「嘘は、いけないよって。」


でも、壊せる部分はまだ残っている。

「本当のことが言いたくなるまで、頑張ろう、ね?」

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