第九話「弱卒と白雷」 1/2
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竜魔の一群がついに宿場町へと雪崩込んできた。
十数匹の竜魔の端くれは不規則に群れなして、西門方角からやってくる。
しかしこの宿場町、そもそもが防衛拠点として作られているわけではないので敵の侵入に対して十全な防壁がない。山林に囲まれた山間の平地はあくまで交通の利便性第一なのだ。
宿場町は構造上、入り口から出口まで街道が一直線につながっている。道幅のとても広い表通りがあって、その左右両脇に建物が並んでいるという防御には不向きな構造だ。
もちろん建物同士の間にはちいさな脇道があるものの、そこには拒馬が設置されていた。
拒馬とは、移動可能な防柵である。
木材を十字に交差させて組み上げ、×の字になるよう置く。拒馬の先端は尖っており、もし人馬や竜魔が拒馬に激突すると自重と速度によって木製の鋭利な突起に傷つけられるわけだ。
もちろん拒馬に自ら突き刺さることは稀だが、飛び越えたり突き破るのは困難なので減速や迂回、侵入をあきらめさせる防御効果が期待できる。
こうして脇道小道は拒馬や土塁、それでなければとにかく大荷物を置いて塞いであるわけだ。
であるからして、宿場町に侵入してきた竜魔は自然と一直線に進んでいくことになる。
「しかしいつみても不気味でやがる」
「来るぞ、構えろ!」
そして一本道を進めば、やがて拒馬や置き盾によって築かれた防御陣地と衝突することになる。
拒馬や置き盾によって初動の突進力を殺して、竜魔の身動きしづらい防御陣地での迎撃を行う。
これは対騎馬戦術の流用である。
逆説的に、竜魔の端くれは一匹ずつが騎馬武者に匹敵するか、それ以上の猛威なのだ。
『クァ―--ギキャキャキャキャキャ!!』
けたたましい鳴き声をあげる竜魔の端くれ。
発達した後肢を使って前傾姿勢で走るさまは、蜥蜴と鶏を合わせたような奇っ怪さだ。
端くれは馬に匹敵する体格と速度を有しつつ、鋭利な爪を備えた前肢、殺傷力の高い歯牙や角を備えた竜の頭を有している。外皮も硬く、武者鎧に匹敵する。
“端くれ”と呼ばれてこそいるが単機の戦力は、重武装の騎兵と同等以上なのだ。
それら竜魔の端くれが十数匹、さらに後方には“本命”が遅れてやってくる。
宿役人のソンジューロウが“わずか十数名”とこちらの不利を評したのはそういう理由だ。
「弓隊、構えい!」
両軍の衝突がはじまる寸前、防御陣地の左右の建物上に登っていた弓隊が一斉に姿をみせた。
防御陣地にて地上部隊が足止めする中、高所射撃で着実に削り、仕留めていく狙い。
純粋な戦闘能力では劣る宿場町の武士たちが、なるべく犠牲を最小限にしつつ勝利するには徹底的に“知恵”の差で出し抜くしかないのだ。
「竜魔どものいななきなど鶏鳴と心得よ! 我らが遠吠えに及ぶべくなし!」
犬狼族の士官が自ら弓を手にして、吠える。
「放てーーーいっ!!」
一斉射撃。
これからまさに防御陣地に襲いかかろうと牙剥く竜魔の横っ腹を、次々と鉄の矢が穿った。
硬質な外皮を貫く鉄の鏃。
されども、竜魔の端くれたちは野うさぎのように倒れてくれるわけもなく、猛然と吠える。
「ば、化け物め!」
はじめて竜魔と直接対峙したであろう、まだ若い犬族の兵が拒馬越しに長槍を繰り出した。
『キャキャキャキャ!』
竜魔の端くれは背中に矢を浴びてわずかに流血しつつも、首をそらして長槍をかわす。
そして前肢の指先で長槍を掴んで、あっけなくへし折った。
「ひっ」
竜魔の端くれが恐るべき点のひとつは、この前肢だ。馬にはない手先の器用さを用いて、竜魔の端くれは拒馬を掴み、横に払いのけようとする。
若き犬はあわてて折れた長槍を捨てて抜剣するが、残念ながらそれは通常の鉄刀だ。
左右を見渡しても、この弱卒を助けてくれる者は誰もいなかった。
戦力は同数、しかし半数は弓隊として屋根上に陣取っている。つまり地上の防御部隊は敵の半数しかいない人員で、より強大な怪物を相手取らされている。
「あ、兄上! 助けてください、兄上っ!」
破壊される拒馬。
端くれの顎戸が開く。いきなり臓物を食いちぎろうという一撃を、刀を盾に若犬は防いだ。
鉄刀は強度こそ足りている。しかし衝撃は激しく、弱卒である若い犬族の侍はそのまま激しく弾かれてしまい、尻餅をついていた。
「あ、あああ……っ」
一対一。
全体をみれば、この襲撃を凌ぎ切れるかもしれない。しかし自分は確実に死ぬだろう。
そう覚悟したのか、せめて一太刀を浴びせて刺し違えんと弱卒は小刀を抜く。
「うがぁああああっ!!」
渾身の一撃が、最後の抵抗が、鞭のようにしなる尾の一撃によって粉砕される。
側方から打ち据えられて、弱卒は哀れ、地面に倒れ伏す。
「くそう、くそう……ッ!」
端くれの強靭な後脚が、ズドンと踏み落とされる。若犬の右腕が千切れなかったのは篭手の頑丈さのおかげだが、もう一撃、爪や牙を喰らえば防具の有無など誤差でしかなくなるだろう。
今度こそ、若犬が死を覚悟したその時に――。
白き稲妻が閃いた。
白虎。
この地を守護せし侍の頂点に立つ、領国無双の一族。
地に伏したまま見上げれば、真昼の太陽のまぶしさゆえに姿形は朧げであったことだろう。
しかし若犬はしかと見届けた。
その勇猛果敢にして鬼気迫る戦いぶりを。
雪代ノ白雷。
当地の寝物語に語り継がれる、伝説の英雄の再来――そう弱卒の若犬には思えてならなかった。
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