第五話「問屋場と路銀」
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宿場町の朝は早い。
朝方といっても巳の刻(九時から十一時)に差し掛かり、宿場町は人の往来で賑わっていた。
ケモノビトは種族全体として、昼行性の人口が多い。とりわけ草食系のケモノビトは夜間行動を避け、昼間のうちに仕事をこなす傾向にある。
「豆腐はいらんかねー、朝に一丁豆腐だよー」
「さかなー、さかなー、活きのいいさかなでございー」
なんといっても目立つのは棒手振りだ。
棒手振りは、天秤棒という道具を担いで売り歩く行商だ。二対の紐がついた木桶を棒にくくって、肩にかけて担ぐのだ。
水桶に入った豆腐や魚を安定して運ぶには、両端に均一に近い重さをつけ、天秤のように釣り合わせることで楽になる工夫が肝要だ。例えば、昨晩や朝方に釣った鮮魚を運んでくるとして、釣れた川辺から宿場町まで歩いて運んでくるのだから工夫はするに越したことはない。
この棒振りという商売のやり方は、なんといっても元手いらずという利点がある。
店を構える必要もなく、露天のように商いの許可もいらず、何を売るかも千差万別である。
もっとも、この宿場町での棒手振りはよりにぎやかな城下町ほど多岐に渡らず、毎日の必需に親しい食品関連が主だっている。
「やー宿場はにぎやかだねー、やっぱ忍び里とは大違いだよ」
「近隣の村里から売りにきているだろうからな。宿場には銭がある、田舎村には米しかない」
「宿場町は田んぼ耕すためにあるわけじゃないもんねー」
ウコンとサコンは宿場町くらいは馴染みがある。むしろ忍者という職業柄、必ずそうなる。
忍者は往々にして、何らかの職業を偽ることが多い。
情報収集のために諸国を渡り歩くとして、無職の観光旅というのは目立つ。行商人や棒手振りのような、ひとつの居を構えずにできる商いは、絶好の隠れ蓑になるわけで。
「お前は今回、薬売りに化けてるんだったか」
「そ! 薬売りはどこでも商いしやすくて、軽いし、魚や豆腐みたいに腐ったりしないからねー」
「ちゃんと効くやつを売ってるんだろうな……」
「そこはそれ、薬学は得意分野だもん」
「さて、どうだか」
昔から何やらサコンは熱心に医薬を学んでいたので心得はある。かといって医者でもないので、調合や薬効は正しいとしても、病状の診断まで正しいとは限らない。なにせ薬売りでしかないのだ。
「解熱や消毒くらいはしてあげたことあるでしょ、忘れた?」
「……さあな、看病はお互いさまだろう」
ウコンは思い出してみる。
ふたり長年暮らしていれば、怪我もすれば病気もする。いざとなれば忍び里の大人に助けてもらえることもあるが、最初から最後までつきっきりで看病してくれるのはお互いだけだ。
ひとりで生きるのは過酷だと思い知らされるのは、いつも弱りきった時だ。
ぐーたらのんきに暮らす理想があればこそ、ウコンはひとり孤独にという訳にもいかない。
「さて、おてがみおてがみ」
サコンの用事は、問屋場で文書の受け渡しをすることにあった。
問屋場とは、運送や伝令の業務拠点である。
公文書をはじめとして、迅速に情報を届けるためには「飛脚」という人員や早馬を用いて、隣の宿場へと素早く輸送することになる。隣の宿場ではまた問屋場で人馬を引き継ぎ、送り出す。ひとりの伝令役を走らせるより、次々に交代した方が効率がよいわけだ。
急ぎの用件でなくとも、民間の手紙などについても問屋場から問屋場へ引き継ぐことで、全国津々浦々まで郵送することができた。
「えっほ、えっほ」
今しがたも飛脚のウサギが通り過ぎていった。馬に水や干し草を与えている者もいる。
「お、里長様からだ」
料金を払い、数通の文書を問屋場にあずけてきたサコンは受け取った文に目を通す。
……同封されていた金銭を大事そうに懐にしまって。
「おい、今のは何だ」
「あたしの路銀だよ。ウコンと奥方は雪代家に路銀をもらってるだろうけど、あたしは別行動も多くなるから必要経費はもらっておかないと」
「そうか。……鯉はバレてないのか?」
「ぜーんぜん、もうとっくに忘れてるよテンメイ様お年寄りだもの」
「だといいが」
仇討ち旅の大半は、こうして宿場町を歩いて移動しながら各地で情報連絡することの繰り返しだ。
サコンはあの手この手で情報収集に務めて、奥方を仇の元へ案内することが仕事だ。
ウコンは護衛と世話係を兼ねるので奥方のそばに在りつづける必要があり、サコンはまた先回りして次の宿場町に一足早く旅立つことになるだろう。
基本はこの手順を重ねて、二月ほどで目的地に到着するという運びだ。
「戻るか、そろそろ奥方様もお目覚めになることだ」
「熱心だねぇ」
「人通りの慌ただしい空気があまり好きではないだけだ」
早馬の蹄が土煙をあげる。
ウコンは喧騒から遠ざかるように表通りを避けて歩きつつ、さりげなく獣耳を立てていた。
なにやら、不穏が空気が漂っていた。
――昨日の竜魔騒動に絡んでのことだとは察しがついていた。
食事のでき次第、次の宿場町へと移動すべきやもしれない、そう考えてウコンは足取りを早めた。
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