40.空白

思えば最近、いろいろあったな。

なんとなく遠ざかっていた煙草に火を点けると、久しぶりのメンソールの味にむせそうになった。もしかすると、禁煙の日も近いかもしれない。

まあ、もともとほとんど吸わないんだけど。


じっとり肌にまとわりつき始めた外気が、けれど思い出をつれてきた。

葉桜、雪柳。ジェルモ―リオの白い壁。公園のベンチ。毎日のデスク。あ、そういえば水族館も行ったっけ。


予定通りのタイミングで初校を出せた日は、慣れたこととはいえ、いつも安心して気が抜ける。かといっていつも何をするわけでもないけれど、今日は帰りにふらっと外食をしてきた。


誰かと行くぶんにはかまわないのだけれど、一人で行くのにはファミレスでも人が多かったり、騒がしいところが苦手になってきた(というか、よけい疲れる)ので、自然と国道沿いを、ずるずると歩くことになってしまった。

「だんご汁」の看板がめずらしくて、お客さんもいないようなのでふらっと入った食堂で、ほうとうのような、けれど味噌がよく染みた美味しいだんご汁をいただいて、

最後にきりっと冷えた水で胃を潤して帰宅した。


ラインの着信音がして、長瀬さんか、明日香さんかと思えば、姉の冴香だった。

内容は他愛もない。近況報告と、前から勧められていた「登録販売者」の話を考えてみないかという話だった。薬剤師の、冴香らしい。


「もちろん、私から無理強いはしないけど」


先のことを考えると、持っておいて損はない資格だからと、結んであった。

冴香の性格からして、ほんとうに押し付ける気はないのは知っている。

どちらかというと、非正規で結婚の予定もない娘に気を揉んでいる両親にせっつかれて、いちおう言っておくといったようなことだろう。

両親からの無言の圧ならぬ言えない圧に、結果的にワンクッション置くかたちになっているので、こっそり冴香には感謝している。


窓の外を、十代のころに流行った歌を歌いながら、上機嫌で誰かが通り過ぎていく。

高校の頃、卒業式の後に友美たちと行ったカラオケを思い出す。

「歌いつくそーぜ!」と意気揚々入ったのに、最後はみんな泣き出して、けっこう収容がつかないことになってしまった。

「延長料金すごいことになるから」と言って赤い目で場を収めたのは、相変わらず現実主義の理沙ちゃんだったっけ。


高校時代を一緒に過ごしたわたしたち4人は、それぞれ別々の道を行った。


理美ちゃんは目標通り、難関国公立大学の環境学科に進学し、県外のデザイン会社に就職した。「自然の味を残したまま、多様な人が使っても機能する場所」を目指して、日夜奮闘しているらしい。難しいことはわからないけれど、帰省したときに久々に会った理美ちゃんは「久しぶりに息ができたよ!」と大変な様子で、お客さんや主任さんの無茶振りを嘆きながらも、けれどとても充実しているようだった。


マイペースな半歴女、奏ちゃんは、けれど歴史とは全然関係ない大学の経済学科に進学し、卒業してからは携帯ショップの店員さんをやっている。

「プランいちいち変わりすぎるんだよ!!」と半ギレになっていた苦労が、各社から新プランが発表されるたびに推しはかられる。彼女の勤務先は特段遠い距離にあるというわけでもないので、ときどきプランの見直しに寄らせてもらってる。


友美は、教育学部に進学した。それはギリギリまで、誰にも知らせず、本人が悩んで決めたことだった。後から聞けば、両親からは言い方は悪いけれど、女の子なんだから適当な大学にだけは行って、会社勤めをして結婚すればいいと言われ、揉めていたのだという。その反対を押し切り、奨学金まで手にして教職の道を選んだ彼女は、教育実習のときにも何度も涙を流し、今は縁があった塾の講師として働いている。


わたしはといえば、みんなの援護(主に理数系)もあって第一志望の文学科に進んだはいいものの、根になる「出版の仕事に携わりたい」という意志が漠然としていたのか、それともレストランのバイトにせいを出しすぎたのか、ついでに恋愛もいちおうはしたけれど、気がつけばあっという間に3年生になっていて、卒論と就活に忙殺されたことだけしか覚えていない。卒論の題材は、太宰治の今も好きな短編「待つ」についてだったけれど、せっかくの題材を自分でもさばききれなかったように思う。


太宰版の「ゴドーを待ちながら」ともいえるこの作品は、小さな駅に毎日人を迎えに行く女性目線で綴られた、5ページだけの作品だ。最後の一文が印象に残るこの作品がなぜそのように響くのかを問いたくて、今思えばずいぶん無謀なテーマにチャレンジした。「自分ほどの嘘つきが世界中にいないような苦しい気持」をきらい、人間をきらいな「私」は、毎日「駅の冷たいベンチ」に座っている。いったいわたしは、何を待っているのだろうと思いながら。


太宰の「待つ」ものは何だったのかについては、神々しいものであったり、戦争の終結や幸福であったり、言い知れない何かであったり、出征した夫(ただし、そのことは明示されていない。これには、別稿が存在するとの説もある)と諸説がある。

その中でわたしが注目したのは、「私」の特徴的な語りから「自問自答」を見出し、戦時下において「空白」を求めていたという論考だった。

これは、不安定な現代を生きるわたしたちにも通じるテーマではないか。

こうやってぼんやりしているときにそんなことを思って、ありもしない論理力を駆使して締め切りギリギリまでかかって、「留年」の二文字がちらついて泣きそうになりながらなんとか仕上げたのが、わたしの卒論だ。いち早く卒論を提出し、援軍に加わってくれたゼミの仲間たち、そして「少し漠然としているけれど、着眼点は悪くないですね」と審査を通してくれた教授陣には、今でも頭が上がらない思いだ。


拙い論考だったけれど、思い入れは今でもある。

だからこそ、就活の場でそれを問われ、上手く言葉が出てこなくなる自分がもどかしかった。もちろんエントリーシートに始まり、ビジネスマナーも面接演習も、数えたくもないくらいこなしてきた。けれど、出版業界、特にわたしが志望していた編集業は、入社難易度ランキングでも1位2位を争う倍率で、そんな場所に飛び込もうとしたわたしはこれこそ無謀としかいえず、もちろん結果は散々だった。

さすがにあの頃も心が折れたけれど、まさか職場で吐く羽目になるとまでは思ってもいなかった。今となっては笑い話ならぬ、苦笑い話だけど。


みんな、それぞれの道を行っている。


長瀬さんだって付き合っている彼と結婚の話が出ているというし、中村さんはあんな年齢なのに、もう難しそうな資格を目指して勉強している。須藤さんや、宮原さんにいたっては、その出版業の第一線をいく人たちだ。佑都くんだって、今はわからないけれど、今の時代、行き方はたくさんある。きっと未来が、彼を待っている。


今の派遣という立場は、言うまでもないけれど不安定だ。

わたしの場合、校正業はとにかく、こうなると更新されるのかもこわくなってくる。

その点、「踏力販売者」、正しくは「医薬品登録販売者」の資格は、利便性が高い。

ドラッグストアなどで9割を占める第二、第三医薬品の取り扱いを行う際、人員が不足している薬剤師の代わりに、薬の説明・販売を行える資格だ。冴香いわく、「ニーズは高い」ので、持っていて損はしないというわけだ。試験自体は誰でも受けることができるので、勉強法と勉強さえクリアできれば、わたしにも可能性がないことはないのだろう。


「でもなぁ・・・・・・」


口にしなかったその続きは、夜の合間に煙になって溶けていった。



※参考文献

・井原あや(2,003)「太宰治『待つ』論 :『京都帝国大学新聞』との関連を踏まえつつ」大妻女子大学学術情報リポジトリ,34, p. 161-178.

・玉田琴乃(2020)「太宰治『待つ』論―成立の背景から見えてくるもの―」学習院大学国語国文学会誌,63, p. 42-59.
















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