34.お返し

候補から「お菓子」を外すと、おそろしいことに「お返し」の候補がうんと少なくなって困った。


たかがかごひとつ、飴玉ひとつと思われるかもしれないけれど、あのときのお礼がしたくて、わたしは今、地方とはいえ、場違いなデパートに来ている。


最初は、アミューズメントパークに行った。けれど、普段ほとんど一人仕事のせいか、子どもたちの嬌声きょうせい、平日の午後、早い時間なのに早くも多い中高生の集団の人気ひとけと熱気におされて、ほとんど人酔いのようになってしまった。なんだかその時点で、場違い感までしてきた。

仕方がないからなるべく人の少なそうなコーヒーショップで、わたしが淹れたんじゃないだろうかというような薄いコーヒーを飲んで、そそくさと店をあとにした。


逃げ帰るように帰ってきたのだけど、その日は珍しく、というか一億年ぶりくらいに(嘘だよ)ワンピースなんかを着ていたので、少し遠出してデパートに場所を移した、というわけ。


詳細を端折はしょって書いたせいか、贈り物の相談をした冴香からの返事は、

「適当でいいんじゃない?」という、本当に適当なものだった。


わたしが考え込んでけっきょく上手くいかない、考えなければもっと上手くいかない人間だとすれば、冴香は直観で物事を切り開いていくタイプ。

もちろん頭の良さもあるけれど、同じ姉妹でもこうも違うのかと思うことも多い。


わたしの社交性のなさが露呈するようで嫌なのだけれど、こういう小さな贈り物をしたことがほとんどない。これが友達とかなら、だいぶ楽なのだけれど。


ああでもない、こうでもないと思い悩んでいると、また冴香からラインが来た。


「よく分かんないんだけどさ、ちょっとした身の回りの物でいいんじゃない?」


急ぎの案件が入って忙しかった日。憮然ぶぜんとしてお茶漬けをかきこんでいたとき、それだ!と、頭を上げた瞬間だった。


そして、今。


とりあえず1階の化粧品売り場はさらっと見るだけにして、2階の贈答品売り場をひやかし軽く肝を冷やし(なんて値段だ・・・・・・今ならよくわかる)、7階のショップ、雑貨売り場に来ている。


平日なのに、大学生くらいの子たちでけっこうにぎわっていて、なんとなく落ち着かないというか、身の置き所のないような気持ちになる。

悲しいことに、まだ26歳にしてそんなことを思ってしまう。世知辛い社会人経験を積んでしまったがゆえだろうか。

そこら中で飛び交う「かわいいー!」「よくない?これ」の合間で、時折、彼氏と思しき男の子が退屈そうにしている。

年齢的には、あの子と同世代だろう。


彼女たちのいう「かわいい」ものを参考にしても良かったし、途中までそんなことを考えていたのだけれど、よくよく考えてみれば、同じ「かわいい」でも、人によりけりだ。「こっちのが良くない?」「えー? あたしはこっちー」と言い合う女子二人の横を通り抜けるとき、品物が目に入って改めてそう思った。


それに、雑貨屋といってもいろいろで、和風、ポップ、エスニック、モダン、アンティーク、ハンドメイド等々、これもまた種類が多い。実際のところはどうか知らないけれど、物腰が落ち着いた雰囲気のあの子にポップな雰囲気は合わない気がして、いったん標的を和風と、モダン系に絞る(エスニックは、品物の好き嫌いがはっきり分かれそうで危ないと判断した)。


かといって、あまり高そうなものをもらっては、向こうも困るだろう。難しいところだ。

さんざんあちこちの店をいったりきたりして、目のくっきりした綺麗系のあの子にも合うんじゃなかいだろうかと、わたしが選んだのは和風小物を扱う店だった。


朱色のカップや透き通ったビードロや、風鈴に目を奪われる。

もうすぐ本格的に梅雨入りだ。それが過ぎれば、夏がやってくる。

そろそろ夏物を買い足してもいいかもしれない。


最近のだるまは、なんていうかずいぶん穏やかなものもあるんだな・・・・・・あ、このくまの扇子も・・・・・・って、今回はわたしの買い物じゃないだろ。


だいたいなんだ、扇子って。夏といえば、ほぼほぼ七分袖かTシャツに着古したGパンか、古着屋で買ったパンツのわたしが、似合うものじゃない。

と思いつつ、なんだかんだで楽しんでいる自分がいる。

そういえば最近、こういうところに来てなかったな。大学時代は、予定のない休日に、こういったちょっとお高い店をひやかして、これはどうしても!の品を見つけるあの瞬間が好きだったのだけれど。

ほんと、いつからだろう。休日が、楽しくなくなったのは。


おしゃれな雑貨から、むすっとした力士のぬいぐるみなんかがおいてあって、眺めているだけでも久しぶりに楽しい。そして何度目か、棚の間を移動する。


(あ・・・・・・)


奥まった一角に、それはあった。色とりどりの和紙と、「おりがみ」の箱。

もう一人の「あの子」のことを、思い起こさずにはいられなかった。


今ごろ、どうしているんだろう。


ジェルモ―リオはすっかりいきつけの店になったのに、近くにあるあの図書館からは、わたしもすっかり足が遠のいてしまった。というより、避けているといってもいい。べつに本が嫌いということはぜんぜんなくて、むしろ好きなほうなのだから。


「のぼりんはさ、意外とこわがりだよね」


高校時代。ふと言われた、友美の言葉を思い出す。

あれは、最後の進路相談の前だったはず。


「こわがらなくても、いいんじゃないかな。のぼりんは、自分が思っているより素敵だよ」


臆面もなく、そんなことを言ってくれたっけ。

あの日の夕日は、今でも昨日のように思い出せる。

照れくさくて下を向いたら、笑っているような影法師がふたつ、伸びていた。


けれど。

(やっぱり、わたしはわたしだよ)


友美がかばってくれたとき。おもしろくない女と言われたとき。佑都くんに問いかけられたとき。何も答えを返せなかったわたしが、いつもそこにいた。

だれかが鳴らしたのか、ひとつ風鈴の音がした。

苦い記憶が、やわらかな響きに遮られて目を閉じた。


手にした折り紙の箱をそっと棚に返したわたしは、次の棚へ移った。

ここは、違う。それにここには、やっぱりあまり、居たくない。


吊り下げられた藍色の折り鶴が、そんなわたしの上で揺れていた。


「これにするか・・・・・・」


何度も棚を往復して、ある棚で立ち止まって。

ようやくわたしは、お目当てのものを手に入れた。


「すみません、プレゼント用でお願いできますか?」


というと、グレーの単衣ひとえを綺麗に着た店員さんが、

「きっと喜ばれますよ」と、言ってくれた。


飴玉一個に対して大げさなという気もしたけれど、そこはわたしの気持ちだ。

かごを持って飴をくれて心配してくれたこと。

それだけのことなのかもしれないけれど。

礼儀とかじゃぜんぜんなくて、ないけれど。

何かかたちになるお礼がしたかった。



























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