17.図書

 一緒に折り紙の棚を見てみない?というのは、わたしの提案だ。


 初めて侑都くんを見かけたとき、人目を気にしながら書棚をうろつく彼を見てのことだ。

 あのときもなんとなく察していたけど、年頃の男の子が折り紙の本棚の前にいるということは、彼にとっては恥ずかしいことだったらしい。

 

 もちろん、そんなことを訊くのも無粋だから、あくまでわたしがそうしたいというかたちにして。それに実際、わたしが知らない「折り紙」のことは、けっこうおもしろい。


 やっぱり一番多いのは、子どもと折れる簡単な折り紙、という類のものだったけど、中には「現代折り紙の起源」といった、専門的な内容の本もある。今更ながら、自分の知らない世界っていっぱいあるんだな、と思う。


 隣の侑都くんは、もう一冊目を選んで、二冊目に目を通している。まるで今、実際に折り目をなぞるような、真剣な表情かお。あの千代紙を折るときも、こんな表情をしていたのだろうか。なんだかちょっと、くすぐったいような気持ちになる。


 かくいうわたしは彼の隣で、近い位置にあった「紙 その歴史」という、本をめくっている。


 折り紙のそもそもの素材、そしてもちろん、本の素材ともなる、紙の歴史。職業柄か、こういう雑学みたいなものを、けっこうわたしは好んで読みたくなるときがある。


 紙そのものの発明は、紀元前二世紀頃の、中国にまで遡ると言われている。


 当時から原料は植物で、その紙を作る製法が広まり、広まった地域ごとの植物によって、それぞれの特性を備えた紙、つまり紙の種類が広がっていったという。


 また、日本に紙が伝わったのは七世紀(飛鳥時代)の初め頃とされ、コウゾ、ミツマタ、ガンビという植物の、やわらかい樹皮を使って紙を作っていたらしい。

手に取った本のうち一冊には、白黒だけれど「ミツマタ」の写真が載っていた。枝から、小さな花が集まって咲いている。


 さらに、これらの植物の繊維は長く強いことから、うすくて強い和紙が誕生した。これはやがて書物や、障子・ふすまなどにも用いられるようになっていく。

 江戸時代には、二百か所以上の和紙生産地があったとされ、今でもそのときの伝統技術が継承されているのだという。

 こうした「和紙」は海外で誕生した「洋紙」に比べ、破れにくいため、折り紙にも適した素材として扱われるようになっている。


 ちなみに、わたしが侑都くんに渡した、「千代紙」。


 これはわたしも見た通り、和紙に花やさまざまな模様を色刷りしたものを指し、人形の着物や、化粧箱の細工として用いられてきた。

 その名の由来は「とても長い年月」という意味の「千代」という言葉であるとも、江戸の「千代田城」で使用されていたからともいわれているが、いずれも決定的なものではないらしい。


「いろいろあるんだね。わたし、全然知らなかった」と隣の侑都くんに話しかける。

もちろん、ごく小さな声でだ。


 とはいえ侑都くんの関心は、やはり紙そのものより折り紙のようで、「そうですね」と相槌は打ってくれているものの、目は手元の「サソリ」のページに釘付けである。相変わらず、チャレンジャーな子だ。


 その後、侑都くんはわたしには見ただけで無理だとわかる、複雑そうな折り紙の本を二冊、借りることにしたようだ。指の間から「和」という文字が見えている。

 どうやら、あの「お礼」は、気に入ってもらえたようだ。


 さて、せっかくだから、わたしも何か借りていこうかな。


 先々週借りた「旅をする木」が意外に面白かったこともあり、たまにはプライベートでも文章を読もうかという気になっているこの頃。


 中学生のとき、そういえば図書委員だったな。

少しだけとはいえ、まさか自分も本に携わる仕事をするなんて思ってなかった。


 そんなことを思っていると、気になる見出しの本を見つけた。


「祈り、願い、遊ぶ 折り紙の文化史」(小林一夫 里文出版)


 抜き取ってみると、著者名の横には「おりがみ会館 館長」とある。

「××会館」というと荘厳なイメージで、わたしは例えば「東京文化会館」くらいしか思いつかないけど、「おりがみ会館」は、なんともやさしそうな雰囲気の文字(ちなみに、もちろんわたしは「東京文化会館」に行ったことはない)。


 表紙も松が描かれた金色の扇子に、これはなんだろう・・・熨斗のし

渋みがあると言えば、ある。試しに中身をめくれば、「文化史」というだけあって、ちょっとお堅い感じもするけど、一文一文は易しく、そんなに読むのに苦労しそうというわけでもない。


 別に、わたしはとりたてて勉強が好きというわけじゃない。けど、わたしも紙媒体でいろいろと仕事をしている身だし、何より侑都くんの夢中になっている「折り紙」の世界が、どんなものなのか、ちょっと興味が湧いたから。


「わたしは、これにしよっかな」


横にいる侑都くんに表紙を向ける。


 たぶん「折り紙」と「文化史」という言葉の組み合わせに馴染みがなかったのだろう。一瞬、「なにこれ?」という顔になったけど、同じく「折り紙」の本ということもあってか、にこっと笑っている。わたしに弟も妹もいないけれど、「お姉ちゃん」というのは、こんな気持ちなのかもね。


 平日とはいえ、今日も何人かの人が図書館に来ていた。


 「フランス文学」の前に、似合わないといったら失礼だけど、見かけ普通の、小太りのおじさんがいて、しかもちょっと大学のゼミの教授に雰囲気が似ていたから、少し焦った。無論というか、全然違う人だったけど。


 今日の受付の人も、わたしと侑都くんが二週間前に本を貸し出してもらった、初老の女性だった。吊り下げ名札には、「山本」の二文字。侑都くんから先に、図書カードと本を差し出すと、ニコニコしながら受け取ってくれる。


 侑都くん、わたしの順番だったけど、隣の受付の人が戻ってきてくれて、それぞれ並んで貸出手続きをする。


「あと、予約図書も、お願いします」


「はい、二冊ね。少しお待ちくださいね」


 さすがは侑都くんだ。図書館の相互貸し出しシステムまで、使いこなしている。

本当に、好きなんだな・・・・・・。


 先に貸し出し手続きを終えていたわたしは、中央の柱を囲んでいる皮張りソファに、いったん座って待っている。


 侑都くんの背中を見ながら、微妙だけど、やっぱり小学生ではないような気がする、とか、夕飯がめんどくさいとか、あ、町内会費払ってないとか、どうでもいいことを思いながら。


 侑都くんが予約していた本は、一冊は薄くて大きな、これもたぶん何かしらの折り紙関係の本だろう。もう一冊は、意外というか、分厚い単行本くらいの何かの本。

小説? YA文学か何かかな。ハリポタみたいな本ではなさそうだったけど。


「借りました」


 小声で言いながら、侑都くんがこちらに来ている。「何借りたの?」なんてわざわざ聞くこともないので、「お疲れさま」という意味で、ちょっとだけ片手を挙げてみせた。













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