16.再会

 木曜日。図書館前。


 木々の色ははっきりと緑色に染まって、太陽はその葉の隙間から、ゆったりと影を落としている。


 日差しが少しずつ、夏の暑さの気配をにじませている。

夏も近いな、と思いつつ、あ、その前に梅雨かと、思い直す。


 去年は空梅雨からつゆで、連日のニュース記事にあおられて水不足を心配したわたしは、二リットルの水をずいぶん買い込んだ。


 けど、なぜか八月半ばになって鬼のように雨が降り、けっきょく空振りに終わったのはわたしのほうだった。そんなどうでもいいことを、思い出す。


 図書館周りの公園では、今日も変わらず、ハトが我が物顔で歩き回っている。

地面にせっているハトは、まるでハトサブレそのものだ。


「これ・・・・・・このあいだの、お礼です」


 そう言って、男の子がくれた小箱に入っていたのは、あの千代紙で折った、折り紙だった。思わず、声が出た。


「え、すご・・・・・・」


「い」が抜けている。


 箱の中の折り紙は、三つ。


 折り鶴をはじめ、見たこともないかたちのものが、それぞれの色をまとってそこに入っていた。


 メインではないとはいえ、校正をしているのに語彙ごいが追いつかないけど、「綺麗」の一言に尽きる。


 もうちょっとわたしが明るい性格なら、「かわいーいっ!!」のひとつでも出ていたと思う。代わりに「感嘆かんたん」なんていう言葉が浮かぶあたり、やっぱりわたしも物書きの業界にいる人なんだなと、ちょっと苦笑いするような思いだ。


「こういうの、見たことないよ、わたし。これ、もしかしてイルカ?」


 ひとまず、着物のような藍色が基調の、大きな魚のかたちを指さす。


「そう!・・・です」


 ぱっと男の子の顔に笑顔が灯り、慌てて言い直す。


 ああ、もともと幼い顔立ちだなと思ってたけど、やっぱりちょっと「可愛い」じゃんか、この子。いくつくらいなんだろ。


 わたしの手の中で、和の衣をまとったような藍色のイルカが、今にも海原に飛び出していきそうだ。

 それに、藍色の中にはところどころ、小さな朝顔の模様まで浮かんでいて、本当にたまらなく綺麗だ。


 小箱のふたを底に重ねて、続いて、折り紙の代名詞にして王道の、「鶴」。


 これは・・・・・・。

うろ覚えだけど、「唐草模様」っていうのじゃないかな。

表現が難しいけど、濃い煎茶せんちゃのような色に、白のぐるぐるににた模様。


 浅草とかで売っている、手ぬぐいとか、ふろしきとかにありそうなイメージ。

どうだろ。


 中学生(?)にしては渋いチョイスだと思うけど、不思議とこの「鶴」には違和感がない。胴体の部分に指を回して、そっと掌に乗せてみる。


「これも、すごい綺麗。折り目がぴちっとしてるし、すっごい凛と・・・っていうか、なんか格好いいね。」


「ありがとう・・・ございます・・・・・・」


 このシャイな男の子は、隠そうとしているけど、嬉しいのを隠しきれていない。


 べつに、わたし相手にそんな無理して敬語使わなくてもいいのになんて、ちょっと思ったけど、いきなりため口で話しかけてくる人は、そういえばわたしは苦手だった。なので、そういえばこの子くらいの距離感は、ちょうどいい。


 次は・・・・・・あれ? これって・・・・・・。


「これ、桜だよね? すごい!綺麗!」


 わたしの手の中には、ほのかなピンク色に染まった、桜の花びらが、小さなお皿になって収まっている。しかも、その桜のお皿の中心には、紅色の円が重なった紙が小さな花びら型に切り取られ、数枚添えてある。


「すごい!花びらのお皿だ! 綺麗! この小さいの、花びらもいいね!この柄、何ていうんだろ。落ち着いてて、わたしこれ、好き」


「えと、それ、『七宝しっぽう』っていうらしいです」


「しっぽう? あ、七つの宝かな。すごい、調べたの?」


「写真撮って、グーグルで画像検索にかけました」


「え、そっち!?」


 さすが今時の子・・・なのか? いちおう同じ平成生まれだよね?

え。これが、「ジェネレーションギャップ」?


 なんて馬鹿な考えが浮かんで、自然と、笑ってしまう。


「すごーい! キミ、いろいろ賢いんだね! わたし、そんな手、思いつかないもん」


 笑いながらそう言うと、今度こそはっきり照れた表情を見せる男の子。

感動ついでに、興味本位で質問を重ねてしまう。なんだろうこの子、おもしろい。


「キミさ、図書館で折り紙の本借りてたよね? ああいいのって、ちっちゃい子ども向けのばっかりじゃないの? わたし、そう思ってたけど」


「そういうの多いです。けど、いろいろあります」


 そういって、男の子がトートバックから、雑誌くらいのサイズをした本を一冊、取り出す。

タイトルは、「使える折り紙こもの」。


 貸してもらってページをめくると、目次には色とりどりの写真とともに、「お菓子入れ」、「ペンスタンド」、「平皿」、なんと「箸置き」まである。

折り紙といえば鶴か、紙飛行機、いつかの、エイになってしまったいつかのカエルくらいしか思いつかなかったわたしには、どれもものめずらしいものばかり。


「すごーい! 上手いね! こういうの、かなり練習したんでしょ?」


「しました。難しかったけど、これくらいだったら・・・・・・」


「ぜんぜん『これくらい』のレベルじゃないよ! わたしなんて、紙飛行機も怪しいレベルだもん!」


「他にもたくさんいるんです」


 そう言って男の子は、また本を取り出す。今眺めている本と交換するかたちで、それを受け取る。


「ええっ・・・・なにこれ!」


 「現代折り紙アート」と題されてそこに掲載されていたのは、「孔雀くじゃく」、「ユニコーン」、白雪姫に出てくる「小人」・・・

 どれも細部までことこまかに表現した、「折り紙」だった。


 へえ・・・と、今度こそ感嘆の、ちょっと間の抜けたようなため息が出る。


「今日、他の本も予約してます。お姉さんも、本返すんですか?」


 今にも優美に舞いそうな、純白の「ユニコーン」の写真に見とれていると、横から男の子が声をかけてきた。


「あ、ああ。そうだね、わたしも、返さないと。キミ・・・も、本借りるんだよね。わたしもまた借りようかな。キミのおかげかな、最近本読んでなかったけど、久々に読んで楽しかったよ」


 と言ってから、こう何度も「キミ」「キミ」と繰り返すのもさすがに味気なくなってきちゃったので、ちょっと迷ったけど、聞いてみた。


「あのさ、わたし、登理っていうんだけど、キミはなんていうの?」


「ユウト。サカシタ、ユウトです」


 一瞬目をそらしかけたので、あ、しまったと思ったけど、男の子が今度はこちらを見て、答えてくれた。


それが「あの男の子」あらため、「坂下侑都」くんとの、出会いだった。











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