第373話

翼は緊張した様子で紅茶を一口飲んでカップをソーサーに置いた。


「翼ちゃんもお茶くらい飲んでいったら?」


今日はアンナのお泊まり会の為に送って来ただけだったのだが、アンナの友達の輝羅の母親に誘われてお茶をいただく事になってしまった。


絶賛人見知り発動中の翼は輝羅の母親が勧めてくれたクッキーを無言でリスのようにサクサクを小さな一口で食べ勧めている。

表情の分かりにくい翼の緊張した様子が伝わらないからか、輝羅の母親は色々と話をしてくれる。


翼は、会話をしたいのだが緊張で頷くことしかできずに、頼みの綱のアンナは輝羅と楽しそうに話しているのを恨めしそうに見た。


しかし、アンナと輝羅の話をする輝羅の母親の姿は上品さに自分の母親と天と地程の差があるのだが、その笑顔は昨日久々に見たアルバムに写った母親と同じ優しい笑顔で心が温かくなるのを感じた。


お茶の時間が終わって1人での帰り道、翼は会いたくない人に会ってしまった。


「あ! 高楠! お前、この前の事覚えてるよな!」


大声で叫んで肩を怒らせて歩いてくるのは学校の同級生の男子生徒であった。


「うわ、高楠のクセにブランドの服とか着ちゃって生意気ぃ」


一緒に歩いて来る女子生徒も獲物を見つけたかのようにいやらしい笑みを浮かべていた。


「そんな服買う余裕あんなら私らに奢りなよ! これからカラオケ行くし高楠の奢りね!」


「まて! 俺はコイツと遊ぶ気になれねえ! しめてやる!」


物騒な物言いだが周りを通る人は遠巻きに見ているだけである。

翼の服は火蓮や紫音のお下がりなので翼がお金を持っているわけではない。

いや、スマホの電子決済には黎人のカードが登録されているのだけど……


「それならカラオケでやれば良いじゃん。なんならダメにされた物がちゃんと使えるか保証してもらえばいし!」


面白がって笑う女子生徒の言葉に男子生徒もいやらしい顔を浮かべる。


「嫌……」


「はぁ?」


盛り上がる話に水を差した翼の言葉に苛立った様子で同級生達は翼を見た。


「お前に拒否権はないんだよ!」


その中で一番体格の大きな男子生徒が強い言葉で叫んだ。


「公衆の面前でやめとけよ。ちょっと話を聞かせてもらえるか?」


「はぁ? なんだお前、関係ない奴は引っ込んでろよ!」


遠巻きに見守る人が多い中、割って入るように男性が口をはさんだ。


その男性は翼の同級生の言葉に聞く耳を持たずに胸元からカードを取り出した。


「一応立場上見過ごせなくてね、これ、わかる?」


男性が見せたのは警察手帳カードであった。

私服警官の登場に翼の同級生は狼狽えた様子で調子のいい笑顔を作ると「ちょっと同級生同士で揉めてただけっすよ」などと言い訳を初め、最終的には「あ、バイトの時間だ!」などといって逃げるようにさっていった。


本来なら話を聞く為に警察も逃す事は無いのだろうがこの警察官は興味なさそうに見逃してしまった。


「よく手を出さなかったな」


「冒険者になるから当然のルール。ありがとう、また助けてもらった。警察の人だったんだ」


翼は警察官に頭を下げるが警察官は首を傾げる。


「またってこの前お前の家で会ったのが初めてだろう?」


「ううん、前に新宿で助けて貰った」


警察官は難しい顔をした後思い出した様子で目を見開いた。


「お前、あん時の学生か? 黄昏のゼロの知り合いなら変なとこに首突っ込むなよ。て事は俺を刺したのもゼロの関係者か?」


「黄昏のゼロ?」


首を傾げる翼に警察官はため息を吐いた。


「お前の師匠の事だよ、春風黎人」


「違う。師匠に会ったのはあの後」


「なるほどな、まあいいか。俺が警察かは微妙な所だが似たようなもんだ。まあ、気をつけて帰れよ」


警官は急に目を泳がせた後、翼に挨拶をして去って行った。


翼は去っていく背中にもう一度お礼を言った後、帰り道を歩き始める。

その後は、トラブルなく家に帰ることができたのであった。



一方、翼の前から慌てて去った警察官はというと、木陰から見ていた相棒にニヤニヤとした視線を向けられていた。


「お前の行動に好感がもてるがもしターゲットに見られていたら不味いぞ?」


「悪かったよ」


「まあお前が行かなければ俺が出て行ってだけどな。健政のヒールを気取ってるくせに妙な正義感のある所が俺は好きだ」


「うるせえよ! 俺は新宿を取り戻す為に仕方なく特課にいるんだ」


「はいはい。それじゃ、張り込み続けるぞ!」


「おい、ちゃんと聞いてんのか!」


仲がいいのか悪いのか、2人は噛み合わない話をしながら仕事へ戻っていくのであった。




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あとがき 


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