第247話 誘惑
「クソ!」
永井は地面に飲み終わったビールの缶を叩きつけた。
永井は士官候補生から外された。
織田の説明では、自分は人を動かす指揮官ではなく、単独で作戦を遂行する実働隊の方が向いている。
なので、士官候補生から外れて、1人でソロの冒険者としての指導を受けてはどうか。
と言った事を言われた。
それは、士官候補生の永井にとって、事実上の左遷だ。
提案としては、今のグループを外れて、マンツーマンの指導冒険者に指導を受けて冒険者としての能力を身につけてはどうか?と言う物であった。
永井は、すぐに返事をする事はせず、考えさせて欲しいと言って、今日は帰ってきた。
永井は、自分が選べる道は3つあると思っている。
左遷を甘んじて受け入れ、冒険者としてステータスを成長させた後、将来は自分よりも能力が劣ると思っているかつての同僚達にコキ使われるのか、それともキッパリと警官をやめて他の道に進むのか。
それとも、新設される部隊ではない一般の部署への移動願いを出すか。
どれを取っても、負け犬になる事は間違いない。
永井は新しい酒を取り出そうと自分が座っているベンチに置いてあるビニール袋に手を伸ばすが、夜の公園でそこまで飲む気は無かったので1缶しか買ってなかった事を思い出した。
「クソ!」
永井はベンチから立ち上がり、先程地面に叩きつけた缶を拾って自動販売機の横にあるゴミ箱に捨てに行った。
そして、酒ではないが、コーヒーを買ってベンチまで戻ってくる。
コーヒーを開けて一口飲む。
「な、微糖じゃねえか!」
どうやらイライラして買い間違えたようで、ブラックしか飲まないのに、甘い微糖を買ってしまっていたようだ。
舌打ちをした後、二口めには進まなかった。
「イライラされてますねぇ」
「うわ!」
夜の公園に1人だと思っていたのに、いつの間にか、隣に人が座っていた。
黒いスーツを着た肥満体型の男性が、永井がつまみに買ったさきイカをもしゃもしゃと食べていた。
「な、いつの間に、それに、俺の!」
「うふふ。美味しゅうございますねえ。所で、どうやらお悩みの様子?」
気持ちの悪い男性だ。関わらない方がいいに決まっている。
なのに何故か、永井はその男性に愚痴を溢していた。
気づけば嫌いで飲めないはずの、微糖のコーヒーは空になっている。
「なるほどぉ、それは悲しいですねぇ、ムカつきますねぇ」
肥満体型の男性は食べ終わったさきイカの袋をグシャリと握りつぶしながら興奮した様子で激しく相槌をうった。
「でもぉ、ならぁ、そいつら全員潰してしまえばいいんです。見返してやればいいんですぅ」
話せば話すほど、不快感を感じる話し方になる肥満体型の男の言葉を、永井は何故かしっかりと聞いていた。
「魔石に頼る世の中が悪いんでぅよう、魔石さえ無ければ、優秀な貴方はもっと素晴らしい功績を上げるかもしれましぇん」
「そうだろうか?」
「そうですぅとも……だから、魔石の世界をぶち壊しませんか?」
魔石の世界をぶち壊す。この言葉だけ、今までの言葉と違ってクリアに聞こえた。
肥満体型の男が取り出したのは、魔石のような見た目だが、それはガラス容器のようで、中に血の様に赤い液体が入った物であった。
「これで世界を壊してしまいましょう」
永井はその魔石の様な物に手を伸ばし、そして途中で勢いよく椅子を叩いた。
「俺は、犯罪者にはならない! 貴様、それはなんだ、魔石取締法により……」
永井が勢いよく叫んだが、目の前にいたはずの肥満体型の男性の姿はすでに消えていた。
幻覚? それにしてもなんて妄想なのだろう。
ビール一本でそこまで酔う様な体質ではなかったはずだ。
気味が悪くなって、永井は足早に家へと帰った。
その時、自分が握りしめているコーヒーの缶が、魔石の様な物に変わっている事に気づかない。
家に帰った後、クローゼットの中の引き出しにその魔石の様な物を仕舞った事に気づかない。
その後は、いつもと変わらない様子でシャワーを浴びて就寝した。
「ああ、途中で正気に戻ってしまいましたか」
夜中の公園では、肥満体型の男性が独り言を呟きながら、缶コーヒーのゴミをゴミ箱に捨てていた。
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