第215話 逆恨み

「はい。それでは、来月からよろしくお願いします。はい、はい。失礼します」


丁寧に挨拶をして、古谷は電話を切った。


数週間前、アドベントアドバイザーズと言う冒険者マネジメント会社が倒産した。


理由は所属する冒険者達の素行不良によるダンジョンへの入場禁止、そしてアドベントアドバイザーズ自体のブラックリスト入りが原因であった。


しかしこれは、経営陣にとっては最悪の事態では無かった。


会社が倒産する理由は色々とあるかと思うが、今回のケースは社会全体を見ても稀なケースだと言える。


会社がブラックリストに入ってしまった為に、冒険者、ダンジョン業界から締め出されたが故の倒産である。


しかも、素行不良とは言え一時的に社員が増えたおかげで売り上げが回復している最中の出来事であった。


他社と比べた時に自分達の経営の問題点を修正していなかったが為、何がきっかけで赤字転落をするかも分からない状況であった。



なので、希望的観測で経営を続けてズルズルと赤字経営に入り、そのまま赤字続きで倒産するよりも、スパッと倒産できただけマシなのかもしれない。


まあ、社長であった古谷本人がどう考えているかは分からないが……


ともかく、アドベントアドバイザーズは倒産してしまったものの、古谷には経営が傾いてはいるものの、地元に根付いた百貨店だけは残った事になる。


そして、古谷には百貨店をの経営を立て直す軍資金として、1300万円の小切手が手元に残った形になる。


これは、本来なら利用しようとしていた安保の金なのだが、安保は逮捕されてしまっている。

勿論、執行猶予がついた刑期で出てくるだろうが、今回の倒産などの事を含めて色々といちゃもんをつけて慰謝料がわりに頂くつもりだ。


安保は、その辺りの事が何もわかっていない扱いやすい人間だったので、なんとかなるであろうと思っている。


アドベントアドバイザーズは倒産したものの、レンタル装備や社屋などを売ったお金、最終的には所属冒険者達が会社に損害を与えた形での倒産であった為に、退職金などのお金も最低限で済み、ペナルティによる罰金を合わせれば手元に残った金はプラスになっていた。


地上げしての新店舗などは夢のまた夢となってしまったが、上手くやれば盛り上がる地盤は出来上がっている。


今や新潟は冒険者を目指す土地として北陸より上の地域から注目を集めている。


アドベントアドバイザーズではなく、タソガレエージェンシーに全て持っていかれるのは悔しいが、冒険者の街として町おこしをして盛り上がる上で、地域で1番大きな百貨店も盛り上がる事は予測できる。


実際、出店の問い合わせも増えていると報告を受けている。


自分の起こした会社が倒産したと言うダメージはあるが、地域で続いてきた百貨店を潰したと言うより大きなダメージは負う事は避けられそうである。


いや、このまま盛り上がれば再び地域を盛り上げ、百貨店を大きくしたりして名を残す事もできるかもしれない。


幸い、今回の倒産騒動で、父の代から役員をしていた五月蝿い目の上のたんこぶ達は一掃できた。


アイツらに払っていた分の金をコンサルタントに払って、これから経営の立て直しを図るつもりだ。


正直、今回の事で経営を頑張る事には疲れた。


丁度今、経営の立て直しの為に、東京の有名なコンサル会社に依頼をしたところだ。


今日の仕事を終えた古谷は、帰宅の準備をして外へ出て、駐車場の方へと向かう。



その道中、何者かに後ろから思い切り殴られた。


「がっ!」


古谷は後頭部を押さえ、手に持っていた荷物を地面に落として前に倒れ込んだ。



「お前の会社のせいで俺たちはもう働く事もできねえんだ!」


「おら、なんとか言って謝ったらどうなんだ?」


襲ってきた相手の言葉と共に、古谷は腹を蹴られて地面を数メートル転がった。


一般人を数メートルも蹴り飛ばせる力は、冒険者のものであろう。


古谷を襲ったチンピラ達は、元アドベントアドバイザーズの新入社員達であった。


彼らは、何故アドベントアドバイザーズの社員になったかと言うと、タソガレエージェンシーから入社を断られる程の問題児であり、だからこそ、一般的な職業にも就けなかった為に冒険者をしていた文字通り、底辺冒険者であった。


フリーランスとして冒険者をしていたものの、企業の支援が受けられない為に、魔石が思う様に稼げない冒険者マネジメント会社ができる前からいた犯罪者予備軍である。


日銭を稼ぐので精一杯の生活をしていた彼、彼女らは、アドベントアドバイザーズに所属する事で、一般的な冒険者よりも少ないものの、フリーランス時代より稼ぐことができる様になった。


それは、アドベントアドバイザーズの武具支援のおかげであり、85%と言う破格の取り分のおかげであったのだが。


しかし、彼らは欲を出して不正な手段でより稼ごうと考えたのだ。


その一端には、元々アドベントアドバイザーズにいた冒険者とのちっぽけなプライドのぶつかり合いもあっただろう。


何はともあれ、現在の、監視の厳しいダンジョン内での不正に手を染めた結果、冒険者資格の剥奪を食らってしまったのだ。


それが原因で、アドベントアドバイザーズはブラックリスト入りをくらい、倒産したのだが、この冒険者崩れにはそんな理屈は関係がなかった。


自分達の事は棚に上げて、ブラックリストに入って倒産した会社のせいで、自分達はダンジョンに入れなくなりフリーランスの冒険者にも戻れなくなった。


順序が全く逆の、完全なる逆恨みである。


自分達は働く事もできず、路頭に迷うしか無い中で、社長だった古谷はまだ百貨店の社長という地位が残っている。


百貨店の経営状況など関係が無かった。


社長=金持ち


俺達は働く事もできないのにアイツはまだ社長だなんて。


捻じ曲がり、湾曲された恨みは古谷に向けて放たれた。


蝉が鳴き始めた夏の日の夜、古谷は暴漢に襲われて息を引き取った。


暴漢は冒険者であり、殴る蹴るの暴行を与えられた古谷の死因は、内臓破裂による失血性ショック死であった。

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