第211話 就職志望

「副社長、なんであの子はまだFランクなんでしょうね?」


「あのね、副社長はやめてって言ってるでしょ?」


「すんません、あさぎさん」


タソガレエージェンシー新潟支部副社長の富永あさぎは、デスクワークをしながら、Cランク冒険者で、指導冒険者の青年の話を聞いていた。


「だってあの子副社長の秘蔵っ子でしょ?俺には荷が重いっていうか、あの子の実力はランクに見合ってないでしょ?」


この青年はタソガレエージェンシーが立ち上がった初期の頃にあさぎが指導していた冒険者だ。


なので、部下と上司とはいえこんな軽い感じで話をしているのだが……いや、この青年の性格が軽いと言うのもあるだろうが。


「才能ある星空だからあんたに指導を任せてるんでしょ?」


冒険者として優秀、冒険者としてランクが高い事だけが全てではない。


人を育てるにはまた別の才能がいる。この青年は自身の成長が遅く、苦労してもCランク止まりだったが、自分の経験を伝えるのが上手く、指導している子が行き詰まっているところを発見する才能に長けていた。


この青年の方こそ、言うならばあさぎの秘蔵っ子なのである。


冒険者ランクは万年ギリギリBの手前のCランク。ただしこの青年が育てたタソガレエージェンシーのAランク冒険者は数知れず。


青年に育てられた冒険者は、青年のランクを追い越しても、迷った時には青年にアドバイスを求め、相談しに来る。


人を育てる天才。


それがあさぎの青年に対しての評価である。


「また指導した子が俺を追い抜いていくのかぁ」


「ふふ、そんな事、思ってもないくせに」


言葉と行動が一致しない青年にあさぎはクスリと笑う。


「それで、あさぎさんは何をしているんですか?」


「今度面接を受けにくる冒険者のリストね、面倒くさそうな案件がくるなと思って」


あさぎは机の上に置いてあったコーヒーを口に運びながらノート型パソコンを青年の方にクルリと回した。


画面に映った志望内容をみて、青年はうわあと顔を顰めた。


自信ありありとした様に他社での指導冒険者実績を書いて、即戦力であるとアピールしている。


その他社から移籍して来た冒険者からは、指導に対しての悪い噂しか聞かない。


「とりあえず、面接して、面接に問題がなければ試用期間かな。指導のやり方もウチの方針があるし、いきなり指導冒険者は無理でしょうしね」


「他社での指導冒険者経験ありが2人に普通の冒険者が3人ね、どれもCランク冒険者か。この人達も、多分Fランクに混ざって学び直しですかね?」


これまで、他社からタソガレエージェンシーに転職してくる冒険者は沢山いたが、その誰もが、指導不足でタソガレエージェンシーの冒険者としてやっていくのは無理であった。


その為、本社からやって来た冒険者指導員が1から指導して、タソガレエージェンシーの社員としての教育から始める。


「あんたも面接に入りなさいね」


「えー」


「チーフでしょ?」


青年が文句を言うのもいつもの事である。


チーフ。


Dランク以下の低ランク冒険者の指導員をまとめる役職である青年は、文句を言いながらもいつも面接に立ち会っている。


「面倒くさくない素直な志望者ならいいな」


青年が願望を口にする面接は3日後に迫っていた。

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