第195話 ブラック
風美夏は、紗夜に休憩を貰って店舗の端の席で黎人と星空とテーブルを囲んでいた。
「師匠ってすごい人だったんですね。いや、凄いのは分かってたんですけどさらに凄かったと言うか……」
風美夏は、星空の話で、黎人がイギリスの王女様の師匠である事を知った。
風美夏にとって、王族など、物語でしか聞かない言葉だった為、想像の範囲外で言葉が続かなかった。
風美夏は、星空とちゃんと話すのは初めてであった。
なんなら、今日の出来事がなければ顔と名前が合致しなかっただろう。
「春風さんって言うんですね、お名前を知れて感激です。どれだけ探しても、過去の映像でエヴァンジェリン王女様と映っていたものと、BTubeの過去動画に一瞬だけ映って居たのがあるくらいで謎の人でしたから」
そう語る星空の目はキラキラと輝いていた。
黎人はこれだけ自分にグイグイ来る子は居なかった為、少し苦笑いである。
「でも、まさか柏木さんの師匠だったとは驚きました。柏木さんの事情は姉から聞いて知っています。このお店も大変だとか。その上で自分で道を選んだ柏木さんを尊敬していましたし、そんな柏木さんだからこそ春風さんみたいな師匠が居るんだと納得しました」
星空の言葉には少し影があった。
それを感じ取ったのか、黎人は星空に質問をした。
「それだけ冒険者に憧れていたのなら自分がなろうとは思わなかったのか?」
今は、高校生であればアルバイトとして冒険者をする人も多くなってきた。
冒険者に憧れるなら、その道は簡単に目指せるはずである。
「……1年ほど前、私も仮免許をとって冒険者のバイトを始めました。だけど、冒険者は私の理想とはかけ離れていました。大変なノルマがあり、お給料はノルマが達成できなければ天引き、指導の先輩達も、自分達のノルマがあるので後輩の指導はおざなりになって形だけの指導。私は、適当に組まされたパーティの連携が上手く取れずに大怪我を負いました。幸い、大怪我と言っても一般人の認識なので、傷跡もなく治りましたが、親には心配をかけてしまいました。それから、私は冒険者になる事を諦めたんです」
星空の話に、黎人は顔を顰めた。風美夏も心配そうに黎人の方を見た。
「そのバイト先の名前を教えてくれるかな?」
「アドベントアドバイザーズです」
ここ数年で、ケイトがコンサルティングする始まりの3社以外の冒険者マネジメント会社が増えた。
しかし、業態を真似しただけで、システムが出来上がっておらず、冒険者の安全と成長に重きを置いておらず、会社が冒険者から搾取して成長する方法をとっている会社もあった。
星空が入ったのは、そんな冒険者マネジメント会社だったのであろう。
「幸い、怪我をするまでの間にステータスは少しは伸びましたから学校で不自由する事はないですし、冒険者を色々調べている時に、冒険者以外にファッションにも興味を持ちました。だから、私は冒険者は諦めてファッションに生きる事にしたんです」
苦笑いで話す星空には何処か未練がありそうだが、冒険者になる事への恐怖心もある様な感じがした。
「そうか。俺の目にはまだ揺らいでいる様にも見える。ファッション業界にも知り合いがいるが、モデルも、制作側も厳しい世界だ。もし、君が進路を選ぶ中でまた冒険者を目指す様なら、ここに連絡するといい。俺の信頼する仲間がやっている会社だ。俺の名前を出せば、悪い様にはならない。それに、風美夏と紗夜が育つまではこの辺りにいる。なにか相談したい事があれば風美夏を通して相談してくれても良い」
「ありがとうございます」
その後、空気を和ませる為にミーハーな質問に少し答えて、星空は帰る事になった。
「そろそろ帰らないとお姉ちゃんがお腹空かせて待ってるから行くね」
風美夏は店外までお見送りをする。
「それじゃ、松井さん、ご来店ありがとうございました」
「星空でいいよ。松井だとお姉ちゃんと分からなくなるし」
「それじゃ星空ちゃん、私も風美夏で良いから、また学校でね」
「ちゃんはいらないよ。またな!」
風美夏に見送られて、星空は帰って行った。
店に戻ると、風美夏は黎人に声をかける
「大丈夫ですかね?星空ちゃん」
「そうだな、本人次第だが話を聞いてると芯の強い子みたいだ。心配なら支えてあげるといい」
「はい!」
そうして、風美夏は閉店まで弁当屋の仕事に戻った。
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