第194話 憧れの人

「えー」


少女はアルバイトの帰り道、姉からの連絡で回り道をする事になった。


今日は親の仕事が長引いているらしく、晩御飯にお弁当を買って来て欲しいと連絡が入ったのだ。


そこら辺のコンビニでいいじゃん、と思ったが、姉からはここのお弁当が美味しいらしいからと、店まで指定された。


姉は、スポーツをやっているからかして、普通より良く食べるし、食い意地が張ってる気がする。


わざわざメッセージアプリで弁当屋の位置情報まで送ってくるあたり、親が遅いと分かってから探したのだろう。


そんな事を考えながら少女は遠回りの道を歩いた。



少女、星空は弁当屋に辿り着くと、姉の思惑をなんとなく察した。


カウンターで笑顔で接客しているのは、クラスの違う同級生の柏木風美夏であった。


星空が店内に入ると、向こうも気づいた様である。


「あの、松井さん、今日はありがとうございました」


「なに、私まだ注文もしてないんだけど?」


「いや、そうじゃなくて、あの、お昼の事……」


星空は分かってはいたが、面と向かって言われると恥ずかしかったので誤魔化したのだが、風美夏には通じなかった様である。


「別に、あれはお姉ちゃんのためにやった事だからさ」


「それでも、松井さんのおかげで大きな問題にならなかった訳だし」


「……ほら、それはもういいからお弁当買いに来たんだけど?」


いつもなら「はいはい」や「そう言うのはいいから」など適当にあしらうのだが、姉に色々聞いて、尊敬している人間に言われると恥ずかしくていつもの様に言えなかった。


注文も終わり、弁当ができるまで待つ事になる。


7時を回った所で、まだお客さんも多い。


お姉ちゃんからはお客さんが減ってるって聞いてたけど戻って来たのかな?


などと周りを見ながら待とうとした所で、星空はある事に気づいた。


心臓が、早くなるのを感じる。耳に直接音が聞こえてくる様に、自分が興奮しているのが分かる。


星空は勇気を振り絞って、弁当屋の端に座っている人物に声をかけた。




「あの、すいません、冒険者の方ですよね」


星空が突然話しかけた事に、その人物はニコリと笑顔を返した。


「あの、えっと、数年前のテレビのニュースでエヴァンジェリン王女と一緒に映ってらっしゃった方ですよね?」


目の前の人物は、なぜ話しかけられたのか合点が言ったのか「そうだね」と短い言葉を返した。


数年前、星空は、朝のニュースでその映像を見た。


心無い野次と共に、石が綺麗なお姉さんに向かって投げつけられた。


子供の自分でも知っている、石を投げられて、当たれば怪我をするのだ。


お姉さんに石が当たる前に、その石は全て払い除けられた。


護衛の冒険者の目にも止まらぬ早業に目を奪われた。


後に調べればこの人は王女様がわざわざ日本にまで師事しに来た王女様の師匠だと知るのだが、それは置いておいて、星空は、このニュースがきっかけで冒険者に興味を持ち、後の日本経済崩壊時の冒険者の温かさに触れ、冒険者オタクになったのだった。


その憧れの人が、目の前にいる。


星空は興奮する自分を宥めながら話すのに必死であった。


「松井さん、お弁当お待たせ。って松井さん春風師匠の事知ってるの?」


星空はもう出来上がってしまったお弁当に舌打ちが出そうになった。速すぎじゃない?


いや、そうではない。同級生のこの少女は目の前のこの方の事を師匠と呼んだのだ。


星空はお弁当を袋に入れてこっちまで持って来てくれた風美夏の肩をガシッと掴んだ。


「柏木さんの師匠なの?」


「う、うん」


普段はファッションの為にクールぶっている少女の慌てた声が弁当屋の店舗に響いたのだった。








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