第193話 わだかまり

体育館から教室への帰り道、風美夏は人質になっていた同級生に頭を下げた。


「みんな、ごめん。私のせいで……」


「風美夏がそんな事する必要ないよ」


しかし、頭を下げる途中で両手で肩を支えて、止められた。


「風美夏は私達の事を助けてくれたじゃん。最後のあれ、すごくかっこよかったよ」


そう言葉を発したのは、夏帆であった。

しかしその笑顔はぎこちなく、肩が震えているのが分かる。


「それに、私が言った事が発端かもしれないし、私の方こそ謝らないとね」


周りの同級生達は夏帆に「そんな事ないよ」と言って慰めた。


夏帆とあのリーダー格の生徒は友達と言う程の接点はない。


席が近い為、休み時間等にリーダー格の生徒が話しかけてくるので話をする程度だ。


一度話したら友達!的な所があるのがあの生徒である。


あのリーダー格の生徒が、風美夏に不満を持っており、たまたま席が近かった夏帆に聞き齧った情報で風美夏への不満を聞き出そうとした。


夏帆はそれを否定していたのだが、否定の仕方が「厳しくなって大変だけど、強くなってるのがわかって頑張れる」と言った言葉だった為、「厳しくて辛いけど部活だから頑張らないと」と都合のいい様に解釈されてしまっただけである。


結局は、先輩に人質として呼び出されているのにそこはスルーされた可哀想な少女である。



「ほら、風美夏がそんな事言うと夏帆も責任感じちゃうでしょ? 悪いのはこんな事をした先輩とあいつらなんだから、この事は放課後ちゃんと話し合おうね」


「うん」


風美夏はその言葉に、少し心が軽くなった気がした。




放課後、剣道部はミーティングの為に空き教室に集まった。


部室でもいいのかもしれないが、部員が全員一度に入るには狭いので、ミーティングの為に空き教室を借りたのだ。


昼の出来事は、一年生の部員には一通り部長の木村から伝えられている。


しんとした教室で、人数分の椅子を円のようにして座った。


「それでは、ミーティングをはじめます。まず、今回の出来事を説明します」


木村が、今回の事件の概要を淡々と説明していく。説明が終わった所で、ふぅ、と息を吐いた。


「まずこれは、私が問題を先送りにした結果です、ごめんなさい」


木村の謝罪に部員達は押し黙った。


「いや、私の責任もある。自分の気持ちに折り合いが付けられず、部活内での不和を生んでしまった。柏木、それにみんなも、すまなかった」


亜夢の謝罪を見て、慌てたのは今回の主犯の三年生であった。


「松井が謝る事じゃねえだろ」


その言葉を聞いて、亜夢はギョッとして顔を上げた。


亜夢と一緒に、風美夏の事を邪険に扱っていた三年生は5人。

その中で今回の騒動を起こしたのは、この主犯の生徒ともう1人の2人であった。


もう1人の生徒も、うんうんと頷いている。


亜夢と木村は、休み時間が終わりだった為、話したそうにしていた2人を放課後に聞くと言っていた為、クラスが違うのもあって事情を聞いていない。


それでも、あんな事があった後だし反省していると思っていた。


安室と共に、今回関わっていない2人も、先程の話を聞いて大体は理解していた為、びっくりした様子で主犯の生徒を見ていた。


「ほら、さっきのは大事にはならなかった事だしね。立場をはっきりさせれば住むと思うのよ。柏木はマネージャーらしく、あんまりしゃしゃらない事、部員はちゃんと三年生の言う事を聞く事。ね、簡単な話でしょう?」


その言葉に、空き教室内の生徒は絶句してしまった。


「そんなバカな話があるか!」


亜夢の怒りの声に、主犯の生徒はビクリと体を震わせたものの、なぜ怒っているのかわからないと言った感じでポカンとしていた。


「なんでよ、松井も柏木に不満そうだったじゃない! 私達はこれまで先輩の厳しいしごきに耐えてきたのよ、これからは私達が指導する番でしょ? 柏木がしゃしゃり出なくても私達も実力はついてきてるじゃない! この前の試合だって勝ったしさ!」


「お前、気づいてないのか?」


「何がよ?」


亜夢の質問に主犯の生徒は難しい顔で質問した。


「お前達はどうなんだ?」


亜夢は今回の騒動とは関係ない2人の三年生に質問をした。


「アドバイスの事でしょう? 知ってるわよ。あれがなかったらそんなに急に強くなれるわけないでしょう」


「うん。ありがたいとは思いつつ、お前達三人を孤立させるよりは3年を敵にした方が反発精神で私達が引退した後も為になるかと思ってた。残り数ヶ月は部長が上手い事仲を取り持ってくれそうだし、柏木も理解してそうだったから……」


そう言って、3年生はチラリと風美夏の方を見た。


その目線を追って、風美夏にみんなの視線が集まった。


「そりゃ、1年間卒業した先輩達の無茶な練習から私達を守ってくれてたのは松井先輩達でしたし、どんな性格なのかはわかってますよ。それに、木村部長のフォローもありましたからね」


亜夢は、風美夏の言葉で、自分が意地を張っていたのを理解した上で付き合ってもらってたのだと理解して、顔を赤くした。


「柏木、すまなかった。そして、今までのアドバイス、本当にありがとう」


「今までだけじゃなく、これからも頑張ってくださいね、松井先輩」


風美夏が笑顔で答えた事で、教室の雰囲気は和んだが、それを面白くない人も2名いた。


「なんでめでたしみたいな感じになってんのよ! そうじゃないでしょう」


「そうね、今回はなんとか大事にならずに済んだけど、貴方達2人がした事は剣道部が廃部になってもおかしくなかったわ。それに、剣道をする者として最低の行為よ」


主犯の生徒の反論に、木村がそう言い返した。


「なによ、本気じゃなかったって言ってるじゃん。調子に乗ってる柏木にしゃしゃるのをやめさせて、その証人を集めただけじゃない」


「なら、なんで竹刀なんて持ち出したの? それに、関係ない生徒にまで竹刀を渡して。無防備な人間に竹刀を向けるのは立派な犯罪行為よ?」


「な、そんなの大袈裟すぎよ」


「いいえ、竹刀は立派な武器よ。だから剣道を始める時にしっかり指導を受けるもの」


部員の視線が突き刺さる中、主犯の生徒は木村の視線から目を逸らし、視線が宙を彷徨わせた後風美夏を睨んだ。


「だったらなによ! 警察にでも訴えてみる? そしたら問題なんでしょう? 部も終わりよ! やれるもんならやってみなさいよ!」


ヒステリックに叫ぶ主犯の生徒を、部員はもう呆れた顔でみていた。


みんなの心は一つになっていた。


もう、関わりたくない。


「先輩、勿論今回の件は訴えたりしません。今まで頑張ってきたみんなの事もありますから。でも、私はもう先輩に関わりたくありません」


風美夏ははっきりとそう言った。


それを聞いた主犯の生徒は顔を真っ赤にして反論しようとする。


「なら、お前が部活を辞めたらいいじゃない!」


「なんでお前が部活に残れると思ってるんだ?」


亜夢の言葉に、主犯の生徒はハッとして周り見た。


教室に居る部員が全員冷めた目で自分を見ている事に気づいた。


「ちっ! いいわよ、こんな部活辞めてやるわよ! 行くわよ!」


「え、あ、うん」


主犯の生徒は捨て台詞を言って教室を出て行く。

何か考える様に黙っていたもう1人の生徒も、声をかけられて一緒に出て行った。



この後のミーティングは、これからの事をきっちりと話し合った。


わだかまり、と言うよりは意地の張り合いの様な事も解決して、剣道部一丸となって風美夏の指導の下、夏の試合を目指す事になったのであった。

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