87話囮
まさか、こんなタイミングでこの魔物を引き当てるなんて思わなかった。
私達は集合して相談した後、ダンジョン探索の為にゲートを潜った。
そして、相談した通りにいつもの入り口で魔物を倒して魔石を手に入れた後は魔物のリポップを待たずに次のエリアへと進んだ。
次のエリアでは、出現体数が増えるものの、出てくるのは同じオークと言う魔物だ。
豚頭の鼻息の荒い魔物が涎を垂らしながら飛び掛かる様に攻撃を仕掛けてくる。
「来たぞ!」
私達は和馬の号令で左右に飛び退くと、孝久が右から足元を攻撃して体勢を崩すと私が続いて攻撃する。
そうすると後ろのオークが攻撃をしてくるので和馬が剣で受け止める。
攻撃パターンが決まっているのでそれに従えばこの程度は攻撃を受けなくても倒せる様になっている。
やはり、夕暮れ塾の経験が活きている。
今回は目立った怪我もなく、魔物を撃破できた。
何回かこのエリアの魔物を倒した後、和馬から提案があった。
このエリアの魔物もパターンさえ読めばなんなく倒せるので、いつも夕暮れ塾で戦っている次のエリアで魔物を倒さないかと言う提案だった。
孝久はノリノリで了承して、私も、不安ではあったけど和馬がフォローしてくれると声をかけてくれたので私達は次の第3エリアへと足を進めた。
この選択が間違いだったことはすぐにわかる事になる。
第3エリアの魔物はこれまでと同じオーク。
しかし、群のリーダーが武器を持っている。
大抵は錆びた剣を持ったオークなのだが、今回始めて槍持ちのオークに当たってしまった。
槍持ちのステータスはこれまで夕暮れ塾で相手にしてきた錆びた剣持ちよりも少し高く、知能が高いせいか統率力に優れ、群の強さが上がる。
何よりも今まで戦った事がないので行動パターンが分からなかった。
調子に乗った孝久がいつもと同じ様に攻撃を開始するが、リーチの長い槍で牽制されて二の足を踏み、足が止まった所を手下のオークに殴り飛ばされてしまう。
尻餅をついた後すぐに立ち上がるが、さっきの勢いは何処へやら。今までのルーティンが通じないとわかって腰が引けてしまっている。
私にも、勝てる未来は見えなかった。
どうすれば良いか分からなかった。
そんな時、トン。と私の背中を誰かが強く押した。不意の衝撃に私は前のめりに転けてしまった。
振り向くと、見たことの無い顔を歪めながら笑う和馬がこちらを見下ろしていた。
「お、俺の事が好きなら俺を守る為に犠牲になれよな」
信じられない言葉だった。
その言葉に私が何か言う前に和馬は一目散に逃げて行ってしまった。
孝久も、和馬の後ろに居て、私が振り向いた時には何か察したのか先に逃げ出していた。
取り残された私は迫り来る涎を垂らしたオーク達に腰が抜けてしまい、立ち上がることもできないまま、ただ悲鳴を上げて剣を無茶苦茶に振り回すことしかできなかった。
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最近、楓と翠は、黎人がいないダンジョンを探索すると言う特訓を行なっている。
今までの黎人の弟子とこの2人が違う所は2人とも冒険者免許を既に持っていると言う事。
なので、人型の魔物に慣れる為にFクラスダンジョンの入り口に限定して、これまで黎人に教わった事を応用して人型の魔物に慣れる特訓をしていた。
これは人型の魔物になれる為であって、本格的にダンジョン探索を許されたわけでは無いので黎人からゲート付近の第1エリアしか許可されていない。
連携を確認しながら魔物を倒して、次の魔物を探して歩いている時だった。
嫌な相手と出会してしまった。
そう思ったが、メインの道から少し外れていたせいか、こちらに気づかずに2人は一目散に走って行ってしまった。
孝久と和馬。
元々は楓と翠のパーティメンバーだった2人は今は3人でパーティを組んでいるはずだ。ゼミでも3人で話しているのをよく見かけていたし、あの血相を変えた感じは何かおかしかった。
楓は翠の方を向くと、翠も同じ結論に至ったのかコクリと頷いた。
それを合図に言葉を交わす暇もなく2人は次のエリアへ向けて走り出した。
この時ばかりは師匠に口を酸っぱくして言われた過信してはいけない
第2エリアに入ってすぐ、翠はある方向へ向かって駆け出した。
その後を楓は追いかける。
「悲鳴が聞こえた気がする。間に合って」
翠の口から出た言葉に楓も黙って頷いた。
楓には聞こえなかったが、楓は翠の耳を信じた。
第3エリアに入ってすぐ、悲鳴を上げながら剣を振り回して座った体制のまま後ろへなんとか下がろうとする志歩の姿があった。
その振り回される剣のおかげで、武器を持ってないオークは二の足を踏んでいたのだが、後ろで見ていた槍持ちのオークが痺れを切らして剣を弾き飛ばした。
待ってましたとばかりに志歩に向かって攻撃の為に拳を振り上げるオークに向かって、走ってきたままの勢いで翠はレイピアを刺突した。
肩口を深く刺されたオークは悲鳴の様な鳴き声をあげる。
驚いた槍持ちのオークがそちらに向かって槍を薙ごうとするが、リーチの長い武器はその分近距離の行動は鈍い。
続いて走り込んできた楓がスモールシールドを構えて体当たりを決めて槍持ちのオークを後退させると、その反動を利用して体を回転させて、残っているオークの首を横に薙いだ。
首が飛ぶほどの切れ味はないが、的確に首を切って致命傷になるだろう。
翠も刺さったレイピアをオークを足蹴にして引き抜くと、その反動を利用して体を一回転させてレイピアを逆袈裟に放った。
残りの槍持ちを2人は見事にに連携して相手に攻撃をさせないまま、槍持ちも倒し切ってしまった。
その光景を、志歩はただ茫然と見ていた。
命の危機だったのだと言う事など忘れて、その流れる様な綺麗な連携に見惚れてしまっていた。
オークを倒し終わると、初めに翠が志歩に駆け寄った。
「志歩さん、大丈夫?」
楓は周りを警戒しながら2人のいる位置までゆっくりとやって来た。
「み、翠ぢゃんー」
助かった事に気づいた瞬間、志歩は泣き出してしまった。
少し落ち着いて泣き止んだ後、志歩は2人に事情を話した。
ここまで来てしまった経緯、イレギュラーな槍持ちの出現から和馬に突き飛ばされて囮にされた事も全て。
そして、2人に謝罪を入れた。
「2人とも、ごめんね。私、和馬と付き合う為に2人に迷惑かけたよね。楓には嫌味も言ったし。なのに、和馬は私を囮にして、2人は助けてくれて、本当に、私ってバカ。2人ともほんとにありがとう」
そう言ってまた泣き出してしまった。
色々あったせいか情緒不安定になっている様だ。
ここに滞っていてはまたオークが出て来てしまう為、楓と翠の2人は、志歩を守りながらダンジョンを出てギルドへ向かう事にした。
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