79話《楓》の変わりゆく日常

楓はドロっとしたスープが絡むラーメンを啜っていた。

ここ数日で、自分の世界は様変わりした。


そこそこ平均的な地味な大学生だった楓は研究室ゼミに入ってもその立ち位置は変わらなかった。

騒がしい同級生達の声を聞き流しながら、自分の課題を進めて行く。

たまの息抜きにふと視界に入る可愛い女性に密かな恋心を抱きながらも、その思いは伝わることはない。


そんな大学生活が変化を迎えたのは数ヶ月前。

ゼミの学生の1人がバイトという形で皆で冒険者になる事を提案した事がきっかけだった。

初めは乗り気ではなかった僕も、ゼミの皆んながやると言う事と、少しその輪に入って話せれば彼女と話す事が出来るかもしれないと言う理由で冒険者活動に参加する事になった。


結果で言えば1人で課題をしていた頃よりもゼミの皆んなと会話する様になり、彼女とも会話をする様になった。


そんな日常も束の間、僕は実力不足と言われてパーティを追い出されてしまった。

僕はまた元の日常に戻るのが嫌で、それがパーティの総意なのかを知りたくて、彼女もそう思っているのかしりたくて、もう一度確認しに行った。

そこで、しつこいと殴られた時に、あの人に出会った。


僕の師匠。春風黎人。


師匠は自暴自棄になりかけていた僕に一つの道を示してくれた。

師匠に師事して嫌な事を忘れる為に、そして、まだ分からない未来の為にがむしゃらに頑張る事にした。


しかし今日、なんと彼女が訪ねてきて、僕がパーティを追い出された事に彼女は関与していない事がわかった。


そして、どう言う訳か彼女も僕と同じ様に師匠に師事して今日から一緒にダンジョンに潜っている。


それも僕とバディを組んで。


これは師匠が決めた事だし、師匠が言うには僕と彼女の戦闘スタイルはバディとして合っているらしい。


とは言っても、今日の指導の中で上手く連携を取れる事は少なく、師匠に指導してもらいながら、試行錯誤しながらダンジョンを探索していた。

2人に増えた事で、前回1人で指導を受けた時よりも魔石は多く取れて、吸収する魔石が増えた為かいつもよりお腹が空いて僕は替え玉に手を伸ばした。


師匠の教育方針は今までの、経験者だったパーティメンバーと方針が全然違う。

以前はお金の為に魔石は全て換金していたが、師匠は税金の分のお金を払ってまで僕達に魔石を吸収させてくれる。

これはお金を稼ぐ場合、今ちまちま稼いで成長を遅らせるよりも、強くなってから稼げば今稼げる分などすぐに稼げてしまうのだから、今は成長する事に専念しろと言う事らしい。


師匠の指導は想像していた冒険者像と全然違っている。

師匠に会うまでのイメージはゲームの様に強い敵と戦って経験値を多く稼げば必然的に強くなって行く物だと思っていた。

だけど危険が付きまとうから上を目指さずに入口付近で小金を稼ごうと言って冒険者になったのだ。

まあ実際には皆んなに騙されて魔石を吸収してなかったのは僕だけだったのだけど。


それはさておき師匠は、ゲームの様に怪我をしてもすぐに治る事はないのだからと、安全第一でダンジョンのランクを落としての指導だ。

だけど今までよりもしっかりと自分が成長している事が分かる…気がする。


今日にしても最後は初めよりはマシな連携を取れていたと思うから。


僕は、ちゃんと彼女を守れる様なバディになりたい。

そう思い、ふと横で同じ様にラーメンを啜る彼女、椿翠を横目で見て、気恥ずかしくなり赤くなっているであろう顔を隠す為にレンゲではなく器を持ち上げてスープを飲んだ。


師匠が先に帰った後、空腹に耐えかねて2人でここに来たのだが、2人の間の会話はあまり多くはない。

守れるだけじゃなくて、もっと自然に会話できる様なバディになりたいなと思いながら、僕は残りのラーメンを啜った。










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