80話椿家
楓と翠が黎人に師事を仰いでから数日が経過した。
もちろん2人には大学がある為に連日朝から晩までダンジョンに潜っている訳ではない。
翠は大学に通う度に話したく無いのに話しかけて来る狭間を無視しながら授業間の休み時間をやり過ごし、ゼミの時間は自分の課題に専念してやり過ごす。
なぜ無視してやり過ごすかと言うと、以前鬱陶しい事を伝えようと言い返した事がある。
その時、何を勘違いしたのか私が話に応じてくれたと勘違いしてキャッチボールのできない会話を延々と続けられた事がある。なので返事をせずに無視しているのだ。
いや、それでも事あるごとに話しかけて来るので鬱陶しい事に変わりは無いのだけれど。
お昼の時間も、申し訳ないけど土方くんを誘って食堂に行っている。
勿論狭間もついてくるのだが、私が土方くんとだけ会話をしていると大人しく土方くんを睨んで食べている。
いや、話が途切れた時に話に入って来ようとするが、そこは無視している。
土方くんは苦笑いして狭間の睨みを受け流している。
本当に申し訳ないと思う。
ダンジョンに行った時に謝っているが、土方くんは優しいので「頼ってもらえてる様で嬉しいよ」と言ってくれる。
こんな事に巻き込んではダメだと思うのだが、ついつい土方くんの優しさに甘えてしまう。
そんな毎日を過ごして、今日は用事があってダンジョン探索はお休みしている。
ちょうど春風さんもやりたい事があるらしく、今日の指導はお休みとなっている。
私は一人暮らしのマンションに荷物を置いてオートロックの玄関先で迎えを待った。
待つと言う程の時間も待たずに一台の車が到着して後ろのドアが開いた。
その車に乗り込んでドアを閉めると車は目的地に向けて走り出した。
「お嬢様、学校は楽しゅうございますか?」
「まあそれなりにね。それで、なんでまたお父様から呼び出しが?」
「それは私には分かりかねます。もう本邸にいらっしゃいますので」
「そう」
私、椿翠は京都の名家の生まれである。
高校から家の力を借りずに生活したいからと言って一人暮らしを始めている為、こうして家に帰るのは正月ぶりになる。
一人暮らしと言っても、心配性の父がオートロック付きのマンションに、最低限の生活費を振り込んでくれるので世の学生からしたら家の力を貸りてない訳では無いだろうと突っ込まれそうだが、父から家を出る為の条件だったのだから仕方がないのだ。
だから、その生活費には極力手をつけず自立する為の方法としてバイトを決意し、ゼミの学生達で冒険者を始めたのだが、まさかあんな面倒な事になるとは思わなかった。
しかし、今の春風さんから指導を受けて、数日ではあるが自分の成長を感じられる事に、冒険者になって良かったと思えている。
今日は、家を出てから初めて家から呼び出された。
今まで私から帰る事はあっても呼び出された事はなかった。
東京で仕事をしている父が、わざわざ家に帰って来てまで呼び出したのだから重要な要件だろう。
一体何を言われるのだろうか。
そう考えているうちに家へと辿り着いた。
車を降りて父の待っている座敷へと向かう。
襖を開けると父と1人の女性が待っていた。
「おお、来たか。久しぶりだな。大学は楽しいか?」
女性と話していた父が私に気づくとそう話しかけてきた。
私は女性にお辞儀をして父とその女性に向かい合う様な位置で正座で座った。
「そこそこに楽しんでるわ。それで、話って?」
「うむ。翠、冒険者になった様だな」
「…誰かに監視でもさせてるんですか?やめてください。
冒険者になりましたけど、反対ですか?」
「娘を心配する親心だよ。たまにどうしているか見てもらっているだけだから勘弁してくれ。
冒険者だがな、パパは大賛成だ」
「え?」
驚いた私に父はニコリと笑って話を続けた。
「魔石の吸収は翠の成長に繋がる。何を反対する必要がある?」
「お父様は知っているのですね」
「昔の様にパパで良いのだぞ?
まあな。私は家を継いで冒険者をせずにここまでやってきたが、やっておくべきだったと思っているよ。
最近付き合いのある人達は冒険者もしている人達が多くてな、ステータスを成長させていないパパはやっとの思いでついていっているからね。
翠には自由に育ってもらって、能力の高い人を婿にもらって貰おうかと思っていたが、翠が冒険者になって成長してくれるならパパとしては願ったりかなったりだ」
「…お父様、私の結婚を勝手に決めないで頂けますか?」
私は父を睨みながらそう返した。
「私は家の後継も考えないといけない立場だからね、勘弁してくれ。
そんな事よりまだ翠、冒険者はとても危険な仕事だ。
だからキチンと誰かに教わった方が良い。
パパがお願いして一流の先生にお願いしてあげた。それがこちらの女性だ」
父に紹介された女性はこちらに会釈をして自己紹介をしてくれる。
「菊池玲子です。
玲子さんはそう言ってニコリと笑った。ちなみに、葉一は父の名前だ。
「菊池さん、申し訳ありません。
お父様、私は数日前から師事を仰いでいる方がいます。その方にご指導頂いてから自分が成長しているのが分かります。
私は、これからもその方に教えていただきたいと思っています」
「翠、そうは言ってもな、玲子さんにはお前が冒険者になったと聞いた数ヶ月前からお願いしてやっと了承してもらえたのだ。日本でもそう多くないSランクの冒険者なのだぞ?」
「それでも春風さん、師匠もキッチリとした指導をして下さいます。私は師匠の考えを聞いて冒険者を続けようと思ったのです。だから___」
「翠さん、さっき言った師匠の名前をフルネームで教えてもらえるかしら?」
私の話を菊池さんが遮って質問をしてきた。
「春風黎人さんですけど…」
菊池さんはおずおずと話した私の答えにフフフと笑った。
「葉一さん、翠さんの師匠は任せて大丈夫な人みたいですよ」
「いや、しかしだね菊池さん」
「翠さん、師匠から何かもらった物とかはありますか?」
「えっと、防具を頂いただけでそれ以外は…」
「インナースーツでしょ?フフフ、大事にしなさいね。
葉一さん、翠さんの師匠は実績もある信頼のできる人ですから安心して任せてみなさいな。
私が、保証しますから」
菊池さんの説得に父はようやく頷いてくれた。
この後は家族で食事をする予定だが、父は菊池さんとまだ話がある様で私は先に退席した。
その後は食事までの間、居間にいた母や妹と団欒して過ごした。
一方、座敷に残った葉一と玲子はと言うと。
「菊池さん、本当に大丈夫ですかね?」
「安心なさい。春風黎人はね、私がいたクランの二代目リーダーだった人よ。ゼロって言えば分かるかしら?」
「なっ」
葉一は絶句した。なぜその様な人物が翠と知り合い、ましてや師匠になっているのか想像ができなかったからだ。
「私は久しく会ってないけれど、仲間から黎人くんの話を酒の肴に聞いた時に過保護にも初めにインナースーツを渡しているって聞いてるから間違い無いでしょうね。
偽物が語るにしても春風黎人の名前は世間に出回って無いからね。葉一さんも、無闇に喋らない方が良いわよ。あまり目立ちたくない人だから」
「わ、わかった。それで、インナースーツとは何か聞いても良いだろうか?」
「《
何にせよ、娘さんが低ランクダンジョンで傷つく事はないわ」
「な、なるほど。そんなすごいものを翠に…」
「娘さんには内緒ね。多分そんなこと言わずに渡してるはずだから、性能を知ったら過信して成長の阻害になるわ」
葉一は無言で深く頷いた。
そして、玲子の話を聞いて、葉一は翠の冒険者活動を安心して見守る事にしたのだった。
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