75話昼食2
テーブルに並べられた料理は漆塗りの九つ仕切りの弁当箱の様なお皿に各種おかずが並び、白味噌の椀物とご飯。そしてこれがメインだと言わんばかりに存在感のある旅館で食べる様な固形燃料で今焼き始められたすき焼きだった。
「それじゃ、頂こうか」
黎人が「頂きます」と手を合わせたのを見て楓と翠も手を合わせて各自気になった物から箸をつける。
楓は豆腐と魚のすり身の練り物を揚げて餡掛けにした物、翠は山菜を使った煮物から口に運んだ。
2人とも、いつもよりしっかりと咀嚼して味わい、目を輝かせている。
ゆっくりと食事をしながら、黎人が先程の話の続きを話し始めた。
「さて、君は先程冒険者を続ける意味が無いと言ったが本当にそうだろうか?」
「冒険者は確かに稼げる仕事かも知れませんが危険が付きまといます。
実際、私達は5人でダンジョン探索をしていて、危ないと思う所がいくつかありました。
まだゲート前の比較的安全とされているエリアでもです。まあ、連携が取れていない行動をとったが故の危機でしたし土方くんがフォローをしてくれていたので何とかなりましたが、私はひやっとしました。
私達は大学生です。
将来的に冒険者を仕事にする訳ではありません。そんな危険を犯して小遣いを稼ぐよりも、卒業や就職の為に学業に専念した方がいいと思います」
「うん。君の言っている事も正しいし一つの道筋だと僕も思う。
しかし、それがただ一つの正解と言うわけでも無い」
「と、言いますと?」
「君はダンジョン探索の為に魔石を吸収しているね?」
「はい。冒険者は魔石を吸収して強くなります。そうすれば死亡率は下がりますし、奥へ進んでより稼ぐ事ができるからですよね」
「日本人の認識としてはして正しいね」
「日本人の。ですか?」
「そう。冒険者としての《ステータス》を強くなる為としか見ていない。
これは冒険者の社会的地位が低く、野蛮と一括りにされているからでもあるんだけどね。
君は魔石を吸収してから体調が良くなったり、勉強が捗る様になったと感じた事はないかな?」
「それは…」
翠は思い当たる節があるのか箸を止めて思考を巡らせているようだ。
「思い当たる節があるみたいだね。
ほら、考え事をしていると肉が固くなってしまうよ。
楓も、食べごろだ」
程よく火が通り味の染みたお肉を3人同時に口に入れ、幸せを噛み締める。
しばらく、話が途切れて無言だったが、3人同時に「ふう」と息を吐いた後に話が再開される。
「《ステータス》には項目があり、その中には
つまり、魔石を吸収する事で学力が上がったり、より健康で過ごせる様になると言う事だ。
これは他の国では高校でダンジョンへ潜るのが必修になって各企業の発展に一役買っていると言う事実もある」
「え?」
「日本ではメディアに取り上げられるのは冒険者の悪行ばかりで立場は悪いが、各方面で活躍する人間の中には冒険者と二足の草鞋を履いて活動する人間もいる。
つまり、何が言いたいかと言うと、将来冒険者をメインの仕事にしないとしても、魔石を吸収する事で自分が望む将来を手に入れやすくなる。
君は、ダンジョン探索に時間を割くよりも勉強をした方が。と言ったが物は考えようで、長々と勉強するよりも、魔石を吸収して《ステータス》を上げて短い時間で効率よく勉強するのも一つの方法だと言う事だ。
楓は、将来の為にそちらの方法を選んだ。
危険にしても、君達が探索していたFランクダンジョンでは無く、冒険者免許が必要ないGランクダンジョンで安全性は確保している」
「なるほど。でも、そうならもっといろんな人が冒険者になっても良いはずではないですか?」
黎人は翠の質問に一呼吸置く為に腕もの啜った。
楓も前に聞いたよりも深い話を興味深く聞き入っていたが、黎人につられて同じ様に椀物を啜った。
「それは日本では昔からメディアの政治家への忖度により悪い側面でしか取り上げられなかったらしい。
知力が上がったとしても、それを使うのが悪人だった場合、その知力が使われたのが詐欺だったり犯罪に使われるケースが多かったみたいだ。
そう言った背景から日本での冒険者の社会的地位は低くなり、普通の人が魔石を吸収する機会は少なくなった。
日本と言う島国だからこそ海外の知識が入ってこずに、ガラパゴス化してしまったと言っても良いのかも知れない」
「そんな事…」
「これを、都市伝説と言って笑い話にする事もできる。
君は今まで通りの大学生活を送り、一般的な就職をして、普通の人生を送る道もある。
ただ楓は、俺の話を聞いて、将来の為に俺に教えを乞う事を選んだと言う事だ」
黎人は話を終えて、最後の一品を口に入れると咀嚼してゆっくりと飲み込み、その後、お茶を飲んだ。
その間、翠は話を噛み砕き、自分なりに考えていた様だ。
そして、一呼吸吐いた後、しっかりと黎人を見て話し始めた。
「私も、春風さんの話を聞いて春風さんに師事したいと思いました。
失礼ですが、月謝の額は幾らでしょうか?」
ちょうど、湯呑みをテーブルに置いていた黎人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
いきなりそんな話をされるとは思ってなかったからだ。
「そんな物要らないよ。君は楓の学友で、楓の為にここまで話をしにきてくれたんだろう?
俺も教える人間は選ぶけど、君なら大丈夫だろうしね。それに、その方が楓も嬉しいだろうしね」
「な、春風さん」
「ん?知り合いと一緒に切磋琢磨した方がより身になるだろうと思ったんだけどね」
黎人の顔は楓を揶揄っているのがわかり、楓はあたふたと誤魔化している。
「本当にいいんですか?さっき聞いた感じだと春風さんはしっかりとした方だと思います。
所属していたパーティが通う塾は月謝で15万ほど必要だと言っていました。
高いかもしれないけどすぐにその倍は稼げる様になるからって言って…」
「俺のは道楽の様な物だからな」
そう言いながら、黎人は奈緒美が同じ様な事をしているけどそこまで高くなかった気はするけどと考えた。
まあ、アイツは後輩を育てる事に力を入れていたから安くでやっていたのかな?と考えて口には出さなかったのだが。
「そうなんですか。それじゃ、私もお願いしたいです」
「なら、この後も楓をダンジョンで指導するつもりだから君も来るかい?」
「はい。私も楓くんと同じ様に下の名前の翠と呼んでください」
話もまとまり食事を終えた後、黎人がまとめて支払いを済ませると3人はダンジョンへと向かう。
楓と翠はお礼を言って黎人の後に続く。
この時の楓は、また翠とダンジョンに潜れると言う事実に、スキップしたいのを頑張って堪えていたとかいないとか。
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