第22話 ターニングポイント

私は今日、1人でダンジョンへと向かっている。

一応最外周までソロでも問題なく行ける様になった為、1人でダンジョンへ潜る事を許可された。

決まり事として絶対にソロで潜る事。

下手にパーティを組んでも今のダンジョンだと足手纏いだし、何より信頼できないパーティメンバーと組むのはこれからの冒険者生活に影響を与えるそうだ。

こうやって1人でダンジョンへ向かう事はあまりない。

いつもは暇だからと師匠が一緒に潜ってくれるから。

今日は予定があるらしく休んでも良いし、自由にすれば良いと言ってくれたが、早く冒険者免許を取りたい私はダンジョンへ向かう事にしたのだ。


葛飾区ギルドへと向かう道の途中、通勤ラッシュを過ぎて人もまばらになった道の端にある女性が泣き崩れていた。

その女性は師匠を馬鹿にして、私が冒険者になるのもやめた方がいいと笑った人だったが、泣き崩れる姿、周りから忌避の目で見られ、避けられるその姿に、あの日の公園の私が見えた様な気がして、無意識に声をかけてしまった。


「あんた、そんなとこで泣いてたら邪魔になるよ」


私のそんな言葉に反応して見上げたくずれたメイクでぐしゃぐしゃになった顔の瞳に映る絶望が放っておけなくて、私は腕を掴み強引に立たせる。


「話聞いてあげるからとりあえずカフェでも入ろっか?」


口から出たのはそんな言葉だった。


_____________________________________



ある日の昼休み、セクハラ部長のいやらしい目線と押し付けられた書類にイライラしながらお弁当を持って外へ出た。

入社から一年。

やりたい事もなく大学の教授のツテでこの会社に入ってただただ生活の為に仕事をする毎日。

ストレスだけが溜まる充実感の無い淡々とした毎日。

溜め息を吐きながらスマホを見ると、ある友達からの着信履歴でいっぱいになっていた。

先日、久々に仲のいい友達で開いた飲み会。

そこで調子に乗りやすかった友達が危なそうな話をしていてちょっと距離を置こうかと思って連絡を取っていなかった。と言っても数日の事。そのくらい連絡を取らない時だってざらな期間である。

なのにこれだけの着信履歴。

距離を置こうと思ってもやはり友達。私は何か不安を感じて電話を折り返した。


「雫ぅ、あたし、これからどうしたらいいのかもう分からないよぅ」


明らかに普通ではない泣き方で泣いてる声で話す友達に私は居ても立ってもいられず、友達の元へと向かった。



私が教えてもらったカフェに辿り着いた時、そのカフェには一組の客しか居なかった。

世間的にお昼の時間が過ぎたのもあるだろうが、この一組のせいでもあるだろう。


「こんな事になるなんて思わなかったじゃないから!」


奥の席で高校生くらいの女の子に罵倒され、身を縮こまらせる瑞稀がいた。

私は訳が分からないまま、とりあえず2人に声をかけた。


「すいません、この子の友達なんですけど今ってどういう状況ですか?」


とりあえず飲み物を注文すると店員さんは私が来た事でどこかホッとした様子だった。

私にそんなに期待しないで欲しいんだけど…


話を聞いてみれば瑞稀の自業自得で、しかも自分は悪くないだの、こんな事になるなんて思わなかっただの、自分のした事を棚に上げて自分の境遇に絶望する様はそりゃ、柊さんにキレられても仕方がないと思った。

自己紹介がてら聞いたのだが、柊さんはその件の当事者で、瑞稀を擁護する必要なんてない。

なのに道に座り込んで泣いていた瑞稀を見かねてこのカフェまで連れてきてくれたのだ。

それなのに反省の色なく自分を擁護して欲しそうに話せば相手が怒るのは当たり前だ。


しかし、つい笑みが出てしまいそうになる。

この前感じた忌避間は今は感じなかった。

この子は、瑞稀は出会った頃から変わってないのだ。

いや、もちろん悪い方に成長してしまった感はある。


あの時、初めて出会った時は私が委員長をしていて、この子が問題を起こした時だった。

当時瑞稀がつるんでいたガラの悪い連中の影響を受けて売春うりをしようとしていた所を私が発見して止めさせたのだ。

良くも悪くもこの子は純粋おバカで、周りの意見に流されてそれがそれが正しいと勘違いしてしまう。

でも、一からちゃんと何が悪かったのか、どこが悪かったのか。しっかりと話し合えば理解してくれる子供の様な子なのだ。

だから私達は高校の3年間親友だった。


「瑞稀、私達が初めて会った時の事覚えてる?これは、あの時と同じだよ?何が悪かったのか、ちゃんと話そう?ね?」


「…うん」


「柊さんも、聞いてもらっていいかな?」


柊さんが頷いたのを見て整理して話していく。

まず、公務員だからと言って人を見下していい訳ではない。そこからなのだ。

自分ではいい事をしたと思っていてもそれが正しいとは限らない。

今回の事で言えば黎人君には何も悪くないのに勝手な決めつけでブラックリストまで入れてしまうのはもう完璧な犯罪だった。

社会人なのだから、責任は取らないといけない。

穏便に済ませてもらえる様に、事件にせずに減給などの処分なのはとても運が良かったと言えるだろう。その辺りは、黎人君に感謝しなければいけない。

ただ、ギルド側は自主退職に持って行きたいのは見え見えの処分ではあるが。


「貴方はあの時師匠の事馬鹿にしてましたけど、師匠の冒険者の時の月給20億ですよ?

師匠は相手にするだけ無駄って言ってました。

怒ってくれる人ってその人の事を思ってくれてるんですよ。間違ってるから正してあげようって。

貴方がこうなってる事も、師匠には興味がないんだと思います」


柊さんの辛辣なコメントに口角がひくつくのを抑えられない。

黎人君そんなに稼いでたの?そりゃまあ香織の話聞いてたらデートコースは高校の時からテーマパークとかお金かかるとこだし泊まりで行く時もそのグループのホテルとか良さそうなところだったから稼いでるとは思ってたけど、そこまでとは。それ聞いたら香織は後悔するのかなぁ?


「そ、そんなに、言わなくたって…」


「「そこまで言われる様な事をしたんだよ?(です!)」」


さらに縮こまってしまう瑞稀にどう声をかけようかと思っていると柊さんが話し始めた。


「でもまあ、あんた達の話聞いてたらこの人が悪い方に行っちゃったのってギルドに入って周りの人の意見に染まっちゃったからなんでしょ?

その結果生活できないほどに給料減らされて仕事も公務員らしからぬ仕事に左遷されたんでしょ?」


何も言えず瑞稀は力無くコクリと頷く。


「なんでそこまで公務員にしがみついてるのかな?今の状況なんてなんにも安定してないじゃん?辞めちゃえばいいんじゃない?」


「…でも、公務員になったって言った時にお母さんとお父さんおじいちゃんもおばあちゃんもすごく喜んでくれて…」


「それってさ、あんたが頑張って勉強した結果が実った事を喜んでくれたんじゃないの?」


「え?」


瑞稀は虚をつかれた様に顔を上げる。


「公務員って仕事を喜んだんじゃなくて、応援してた頑張ったあんたの結果が出た事を嬉しく思ったんだと思うよ?

なら、あんたが今苦しんでるところを見て、それでも公務員続けろとか言わないんじゃない?

まあ、あんたの親の事知らないからこれが正解か分かんないけどさ」


「でも、仕事辞めてどうしたらいいかなんて…」


「甘えるなって。仕事なんて選ばなきゃいくらでもあるんだからさ、あんたが見下してた冒険者でも頑張れば公務員なんかよりはるかに稼げるよ?ハイリスクハイリターンだけどね。師匠が言ってた。

今がどん底なら、あんたが見下してた底辺から這い上がってみれば?」


柊さんはしっかりしてる。本当に高校生の年齢だろうか?でもどこか、黎人君と同じ雰囲気を感じる。


「それにさ、あんたのお頭おつむが足りなくて、周りに流されやすいんなら冒険者は最適だよ。日本じゃやってないけどね、アメリカとかじゃ高校の時にGクラスダンジョンの探索が必修なんだって。

魔石を吸収して能力を上げたらステータスのINTが上がって物事の考え方や学力も上がるからだよ。

日本はその辺り遅れてるよね、政府が年寄りの票を気にして保身に走るから。

だから、あんたが自分でしっかり成長する為にも冒険者はいいと思うよ?もちろん命の危険は付きまとうから、もしかしたら家族には反対されるかもだけど、選ぶのはあんたじゃない?」


今の話を聞いて、冒険者は一つのいい選択だと思う。

考える様に黙ってしまった瑞稀の背中を押す様に、私は話しかける。


「瑞稀、私もね、大学で垢抜けて、チヤホヤされて世間からみたらいいとこ就職したけどさ、入ってみたらブラックで、精神ガリガリ削られてさ。

セクハラもされるしもううんざり!

ねぇ瑞稀、私も仕事辞める!あたしと一緒にさ、仕事辞めて冒険者やろっか?」


私の言葉に瑞稀は目を見開いてこちらへ振り向く。


「嫌な事リセットしてさ、2人で頑張ろうよ?」


「ぅん…」


瑞稀はまた涙声だけどしっかりと返事をしてくれた。

仕事を辞める。その決断をした私の心はどこか晴れやかだった。


「でもリセットの前に、黎人君に謝りに行くところから始めないとね!柊さん、仲介頼めないかな?」


「別に師匠は気にしてないと思うよ?」


「こう言うのは形が大事なの。自己満足なのかもしれないけど、ちゃんと区切りをつけないと」


「分かった。いいよ。仲介してあげる」


その後は瑞稀の背中をさすって泣き止むのを待った。

柊さんが聞こえるか聞こえないかの声で言った「いい友達もってんじゃん」の言葉に私の心は更に温かくなった。








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