第10話《火蓮》の始まりの1日

 飯を食った後、そこで解散かと思いきや、火蓮は家も両親が退去してしまって無いらしく、帰る場所も無いらしい。

 旅費代を渡してホテルにでも泊まってもらおうかと思ったが、高校生1人の宿泊は難しいらしい。

 これから一人前の冒険者となる迄面倒を見るとしてもずっとホテルに泊まらせる事も出来ないだろう。

 俺の持っているマンションの一室をを貸し与えるにしても管理は管理会社に任せている為今からすぐにとはいかないので後日確認する事になる。

 そして本日のお宿は…

 俺の住んでる家に泊まる事になった。

 まあ、幸い部屋も余ってる部屋もあるし風呂も二つある。生活空間さえ区切ればシェアルームみたいなものかと納得する事にした。



 _____《火蓮》______


 私は今日、本当に死ぬものだと思っていた。

 昨日学校から帰ったら鍵が開かなかった。

 鍵が壊れてるのかと思ってお母さんに電話しても繋がらず、大家さんに聞きに行ったら退居したのを初めて知った。大家さんも、私がいる事に驚いていた。

 どうも、私が学校に行っている間に借金取りが来る事が多かったらしく、大家さんが周りの迷惑を考えて退去をお願いしたそうだ。


 私は知らなかった。どう言う気持ちか分からなかった。置いていかれたのか?状況が理解できなかった。

 でも、この時はまだ、両親が迎えにきてくれて、借金があろうと家族で暮らせると、そう信じていた。

 その日、私は財布に入ったなけなしの小遣いで人生で初めてカラオケに泊まった。



 次の日、つまり今朝。

 私を待っていたのは辛い現実だった。

 学校に行って、帰りの時間にもしかしたらお母さんかお父さんが迎えにきてくれるかも知れない。授業中、電話やメッセージアプリで連絡があるかも知れない。

 そんな淡い期待を抱きつつ、いつもより早い時間に学校へ向かった。

 そこで、先生に驚かれた。そして私の淡い期待は、幻想だったのだと知った。

 両親から、退学の連絡があり、私はもう学校にも通えない事を知った。担任の先生は心配していたが、その横に居た学年主任はとても事務的で、とりつく島もなく学校を追い出された。


 何も無い私が行ったのは朝の、誰も居ない公園だった。

 そこで、ぐちゃぐちゃな感情を整理しようと頑張った。だけど、それでも感情が溢れて、頬を伝う涙は止まらなかった。


 涙が枯れそうになって、頭が、少しずつ物事を考えられる様になった時、私はこれからの事、どうすればいいのか。

 それを、回らない頭でぼんやりと考えていた。

 親の許可無く、働く事は出来ない。未成年の原則だ。財布の中身はさっき買った水で駄菓子さえも買えなくなり、もう、どうしていいのか分からない。

 そんな時、ふと思い出したのは、去年の夏休みにダンジョンに行って稼いだと自慢げに話すクラスの男子だった。

 周りに、冒険者免許を取ったのかと聞かれて、1番下のダンジョンなら免許はいらないし、頑張ればバイトよりも稼げると自慢していたのを覚えている。


 魔物と戦って収入を得る。それが冒険者だと言うのはわかる。

 あの男子が言うようにバイトよりも稼げるのだとしても、自慢げに語れるほど周りがしないのは普通のバイトよりも危険が多いからだろう。

 なにせ、魔物と戦うのだ。

 あの男子は運動神経も良くて活発で、私は知らないけどもしかしたら喧嘩とかもしてるのかも知れない。

 私は女で、人を殴ったことなんて勿論無い。

 勿論、他の動物や壁だって無い。

 そんな私が、魔物と戦うのなんて想像できない。

 もしかしたら、死ぬなんて事も…


 それを考えた途端に、血の気が引いた。

 でも、それしか出来ることなんてない。

 よくよく考えれば、この時の私は自暴自棄になって、考える視野が狭くなっていたのだと思う。


 陽も高くなり始めた頃、ふと、向かいのベンチに座る男の人を見つけた。

 くたびれた様にスーツがヨレヨレで、カップ麺を持ちながらぼーっとしている。

 平日この時間にそんな事しているのはリストラにあったのに家族に言えずに時間を潰しているのだと思った。


 自暴自棄になっていた私は、その男の人に声をかけた。

 いつもはそんなことなんて絶対にしない。

 なんなら、軽い感じの同級生がおじさんに声をかける話が聞こえてきて軽蔑しているくらい。

 なのに、今日は、自分の様にこれからどうしたらいいのか分からない人と話をしたくて、私はその人に声をかけた。


 _______それが、私の運命を変える事になった。




 今日1日を思い返しながら、自分でもとんでもない行動をしたなと頭を冷やす様に頭からシャワーをかぶる。


 私は今、師匠の部屋のシャワールームに居る。

 誤解のない様に言っておくが、男女の関係ではない。

 行く宛のなかった私を師匠が面倒を見てくれる事になったのだ。


 晩御飯に連れて行ってもらった焼肉屋然り、この部屋も、師匠は決してリストラにあったサラリーマンなどではない。朝の私、謝りなさい!


 この部屋も、友達と遊びに行った時に目印にする様な煌びやかな高層マンションの最上階。

 しかもワンフロアが丸ごと師匠の部屋いえなのだ。

 海外の映画で見る様なとんでもなく広い大理石のリビングダイニング。

 私が案内されたゲストルームは一軒家の友達の家に遊びに行った時のリビングより広くて、調度品や見た事ないサイズのテレビも触るのが怖い!

 そして、ゲストルームにはウォークインクローゼットもトイレもお風呂まである。

 この部屋だけで、私が住んでいた家よりよっぽど広い。


 とんでもない人を師匠にしてしまった自覚はある。

 そして、今日という短い時間で、師匠を信頼してしまっている自分に少し困惑する。

 家族のことを考えると今でもサッと血の気が引くほどにはショックである。

 だけど、師匠に見て貰えば、冒険者として、1人で自立していけると言う希望を考えると、少しだけ、ほんの少しだけ、心があったかくなって、その温かさと安心感に初めてのダンジョンで疲れた私の体は、雲のような寝具に誘われて深い眠りへと落ちて行った。



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