第6話 火蓮の悩み

 ゲートを潜る。それがダンジョンへの入場方法である。

 ダンジョンが初めて現れた昔からどう言った理屈でこれが現れたのか、それは一切わかっていない。

 分かっているのはダンジョンが人間に寄り添う様にGランクダンジョンから順番に、成長を促す様に発生していると言う事である。

 そのダンジョンの資源によってエネルギーだけにとどまらず、人間の能力や装備、はたまた生活用品に至るまで様々な進化を遂げて来ている。


 そしてここ葛飾区ダンジョンは世界に初めて現れた28箇所のGランクダンジョンのうち、日本にできた最初の3ヶ所の内の一つである。


 閑話休題それはさておき


 ゲートと潜った先に広がる草原を見て、隣で火蓮は目を見開いている。

 初めてダンジョンに入場した人は現実ではそうそうお目にかかれない光景に目を奪われる事が多い。


「どうだ?初めてのダンジョンは?」


「…なんか、すごいね」


「語彙力が無くなったな。まあ初めてはそんなもんだ。

 ここはGランクだし少し先の方まで行かないと魔物も現れない。ここだと流石に他の入場者の邪魔になるからもうちょっと行ったところで戦い方のレクチャーでもしようか。その時に何か言いたい事があるなら聞くぞ」


 後ろをついてくる足取りがステップを踏んでいるのが分かる。あれだけ怖がっていたのに初めての風景に浮かれているのだろう。

 道を少し外れた場所で戦い方をレクチャーする為に火蓮と向かい合う。


「さて、これからダンジョンでの冒険の基本や戦い方なんかを教えていくが、その前に、何か聞きたい事があるなら聞くぞ?あの受付での時に何か言いたそうだっただろ?」


 そう尋ねると火蓮は忘れていた事を思い出した様に表情を曇らせて下を向いてしまった。

 これは失敗したかと声をかけようかと考えたが、その前に火蓮は意を決した表情で顔を上げて質問し出した。


「ねえ、やっぱり冒険者って負け組なのかな?公務員みたいな安定した仕事に着く為に奨学金とかもらえる様に頑張って勉強した方がいいのかな?」


 ああ。あの元同級生に言われた事を気にしてる訳だ。これは俺が言い返さなかったのにも原因があるのかもしれないな。

 俺はため息を一つ吐いてから話し始める。


「はあ。お前…火蓮って呼んでいいか?

 これは俺の人生経験からくる持論だけどな。

 安定って、そんないいもんでもないぞ?」


 俺の言葉をどんな思いで聞いているのか、真剣な眼差しでじっとこちらを見て話を聞いてる。


「例えばアイツ、受付の元同級生。自慢げに公務員だから安定してるって言ってたけどさ、何も公務員だから給料が高くて贅沢しても余裕があるって事じゃない。

 地方公務員のギルド職員だと月収30万くらいか?

 国家公務員のギルド職員で40万、国際で60万らしい。勿論役職手当は着くだろうけどな。

 それが毎月決まってるわけだ。あの受付だと年収300万ちょっとか。ボーナスがあればもう少し行くかな?ちなみに公務員はクビもない。普通の生活が保証されてるわけだ。昔ならみんな年金ってのが老後に貰えていて、さらに公務員には公務員手当を入れて割高で老後に貰えてた。だから公務員は安定してる。食いっぱぐれない普通の生活ができるって言われてきたんだ。

 だけど所詮それだけだ」


 今まで公務員のいい所を言ってきただけに俺の切り返しに火蓮は「え?」と声を上げた。


「人間ってのはな、欲深いもんだ。貧乏でその日の生活も心配するのはいやだ。だから安定した生活が欲しい。

 だけど安定を望んだから、そこで満足できるもんじゃない。だから自分より下の人を見つけてお節介を妬いて自尊心を満たす奴なんかもいる。あの受付みたいにな。

 勿論そんな根性の悪いやつばっかりじゃ無くその後担当してくれた人みたいに人のいい人もいる。ってかそう言う性格のいい人のが多いはずなんだ。公務員って。


 だけどな、安定は所詮安定だ。そこより上には行けない。

 安定してないって言われた冒険者だった俺の先月の収入はいくらだと思う?」


「え?20万円くらい?」


「馬鹿な。冒険者の給料がそんなに低いわけないだろう?

 勿論駆け出しって言われるDまでの冒険者ならその位だろうし大体の冒険者のランクであるCランクで35から40万。だけど頑張ればもっと稼げるのが冒険者だ。

 それに俺、もっと上だったから。

 20億だ。手元に入ってきたのは」


 いい顔だな。驚いてる驚いてる。


「勿論冒険者は冒険しなけりゃ稼げないから怪我をしてダンジョンへ行けなければ収入は0だ。治療費やなんやに金を使えば月に稼いだ金に対して出ていくのも早いかもしれない。

 だけど上に行けば上に行くだけ安定とか馬鹿にできるだけの生活ができる!

 俺はさらに都内のタワマンのオーナーだったりとか結婚して引退する為に不労所得にも力を入れてきた。

 アイツに馬鹿にされて言い返すのも馬鹿馬鹿しいだろ?めんどくさいし」


 俺がそう言って笑顔を向けるが火蓮は固まったままだ。

 高校生には想像できない額の話だったからかな?


「おい?笑う所だろ?」


「驚きすぎて笑えないわよ!え、悩んでた私馬鹿みたいじゃない!」


「ははは。

 それに火蓮が言ってた奨学金って借金って事だぞ?マイナスがある安定って安定してないからな?

 あと、冒険者の安定しない理由はハイリスクハイリターンって事だから無茶したらダメだってことだ、リスクしか無くなる。お前があの受付嬢を笑えるくらい稼げる様に俺がレクチャーしてやるから頑張れよ?」


「わ、分かったわ!頑張る!」


「なんか、話し方が変だぞ?」


「が、頑張ります」


「いや、緊張とかしなくていいからな?」


 冒険者の選択肢の不安が取れたのか、その後はダンジョンのレクチャーへと移った。

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