煙草を吸う女性
キオク
煙草を吸う女性
体が思うように動かない。なんだかぼーっとするし、何故か窮屈にも感じる。
少し肌寒い昼が過ぎた頃、小さく車の走る音が聞こえる公園のベンチに
僕は座っていたようだ。ここはどこだ?何をしてたんだっけ?全く頭が働かない。
周囲を見渡す。すると遠くから歩いてくる女性と目が合った。
確信があったわけじゃないがこっちを見ていると感じた。だんだんと近づいてくる。
彼女は僕の目の前に来て言った。
「隣、、座ってもいいかな?」
少しカタコトな日本語に僕は知り合いかのように言葉を返す。
「もちろんいいよ」
初めて会ったはずなのに不思議と親近感が湧いてくる。
海外の方だ。明るい金髪に白い肌、綺麗な瞳。美女という言葉が似合う女性だ。
彼女は僕のことを気にせず、ポケットから何かを取り出した。
煙草だ。僕はあまり好きではなかったが気にしなかった。嫌だからやめてほしい
と思いながらもそこまで言うほどでもないか、などと考えている内に横では彼女が
カチッカチッとライターを鳴らし煙草に火をつける。
一吸い、二吸いと彼女の息と小さく聞こえる車の音だけが僕の耳に入ってくる。
僕は美味しそうに吸うなと彼女を横目で見ていた。
それに気づいたのか彼女は僕の目を見て不意に話しかけてきた。
「君はどうしてここにいるの?」
確かに何故だろうと思いながら僕は
「自分でも分からない。なんでだろうね」
と答えた。彼女はふふっと口に手を添え笑った。少し恥ずかしがりつつも
僕も一緒になって笑う。自分が何故ここにいるのかなど気にせず、彼女と話す。
好きなものや嫌いなもの。最近あった嬉しいことや悲しいこと。自分について。
まるで親友かのような雰囲気に囲まれながら僕たちは長い時間を過ごした。
どれくらい経っただろうか。辺りはすっかり暗くなり、長時間話していたことに
気が付く。そんなに経っていると思わず僕は立ち上がり彼女に向かって謝る。
「長時間話をしてしまってすいません。長い時間をとってしまいました」
彼女は笑顔のまま言った
「ぜんぜん大丈夫!話ができて私たのしかったよ!」
彼女の笑顔に僕は胸を撫でおろす。それと同時にまた話したいなとも思う。
そう考えている僕を突き放すかのように急に彼女は立ち上がり僕に言った。
「今日はたのしかったよ! またね! 」
そう言って彼女は僕に言葉を返す暇を与えずに颯爽と帰ってしまった。
突然として終わった彼女との時間に悲しみを覚えながらも確証はないが
また会えるだろうという自信もあった。僕は彼女との幸せな時間を噛みしめながら
その日を終えた。
そしてその自信は予感を的中させた。外を歩いていると彼女とは必然かの如く
会うようになった。僕は「またね」と言われたら、「またね」と返すようにした。
少し会いすぎなのでは?と思うほどに会うが僕はそんなの気にも留めなかった。必死に外を歩いては彼女と出会い、あの公園のベンチにあの日と
同じように座り、また長時間くだらない話をして笑い、盛り上がるのだ。
内容は覚えてないが話していて楽しかったのは今でも鮮明に覚えている。
あと煙草が臭かったのもね。
そう考えていた束の間、僕の目の前は真っ暗になった。
僕は横になっていた。一瞬なにがなんだか分からなかったがすぐに理解した。
そうだ、寝ていたんだ。
そしたら公園にいて。
あぁ、、、これは夢なのか。。。
楽しい気持ちが大きい分、悲しい気持ちも大きかった。
僕は一人でアパートに暮らしていて、彼女もいなければ、楽しく話す友達もいないしそんな機会もない。
それが寂しいということはないがこの夢は何故か寂しいと思えてしまう。
楽しい時間を過ごし、悲しい気持ちになる。何とも言えない気持ちだ。
通常夢というものはあまり覚えているものではなく、目覚めてからも覚えているのは夢の中で解決や決着がついていないからだそうだ。いい夢というものは、すぐに記憶からなくなってしまうという部分があるらしいがどうなのだろうか。
僕はこれは絶対に楽しい、いい夢だと断言できるがしっかりと覚えているし、
なんならついさっきまで彼女の前にいたはずだと言い切れる。
「君に聞いたら何て答えるだろう。面白おかしく言ったら笑ってくれるかな?」
「煙草をやめてと言ったらやめてくれてたのかな?それとも怒るかな?」
「公園の席が逆だったら気づくかな?もっと君のことを聞けばよかったよ。」
もういない彼女に話しかけるように僕は205号室の部屋の隅でつぶやく。
彼女に何かを伝えるべきだったのか。何を解決するべきだったのか。
もっとしっかりと話すべきだったのかな。もっと笑わせてあげればよかったかな。
色んなことを考えながらも僕は何度も君の顔を思い出す。
何年経っただろうか。もう一回もあの夢を見ていない。一回も彼女に会えていない。
だけど僕は未だに覚えている。ここまで覚えてる夢は他にない。そう言えるほどに
あの夢は心地が良かった。現実かのように。
あぁ、また会いたいな。
また過ごせるかな。 あの楽しかった時間を。
また聞けるかな。 あのカタコトな日本語を。
また見れるかな。 あの綺麗な髪を。
思い出すたびに懐かしい匂いが少しするんだ。 あの煙草の匂いがね。
鼻に付く匂いだけど、その少しだけの匂いが僕の瞼に涙を溢れさせる。
僕は君を忘れないけれど君はどうかな。できれば忘れないでいてくれると嬉しいな。
また夢で逢えたらと心から願うよ。いや、会えるよね。
だって君は僕に言ってくれたんだから。
またね。
煙草を吸う女性 キオク @yumenokioku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます