或る賊の頭領が、暮れかけている空の下で、馬を遠くへと走らせていた。


 都の近辺はあらかた荒らし果たしてしまった。そのため、日に日に遠くにある村へと駆けていかなければならなかった。子分は分け前をめぐって互いに対立した。殺傷もした。賊にあるまじき冷酷無惨な――などというと、どこかおかしさがあるが、それほど目を覆いたくなる――所業を良心の呵責もなく続けていった。


 頭領の馬を追いかけていた子分たちだったが、なにを思ったのか、急に立ち止まり、鞘から刀を抜いた。きっと、義を貫くと誓ったことも忘れて、自分を後ろから斬るのだろうと考えたこの頭領は、ここまできたら彼らと刺し違えてやろうと、手綱を引いて振り返った。


 が、予想に反して、子分たちは一心不乱に光の鈍くなった刀を空に斬らせていた。

「童だろうが、構うものか。生きるためには、こうするしかないのだ」

「もう、だれしもが賊と言ってもよいことをしている。おれたちはもう、そこらへんの俗人と変わらぬのだ」


 そう猛りながら、見えないなにかに対して刀を振り回す子分たちを呆然と見つめたまま、頭領は朱雀門でたおれた子分のことを――情人のひとりのことを想った。


 むかし、竹林を揺らす雨の日に、わずかな蝋燭の灯火をたよりに、睦まじく明け方まで身体を闘わせた情人のことを想いながら、彼は、もう縁のないものと思っていた孔子の教えを、幼き日のように静かに口にしていた。

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