「こんなに暑いのに、わらんべは元気なものじゃのお」

 一台の檳榔毛びろうげの車が、都から元の國の館へと向けてのろのろと進んでいた。


 昨日に見た光景は――朱雀大路すざくおおじには、いくにんかの人間が転がっていた。生きているのか死んでいるのかなどを確かめる余裕は、だれにもないらしかった。

 都はまるで大きな囲炉裏のようであった。そして辺りの國々へと無数の火の粉を飛ばしていた。


「まったく風が吹かないと、くるまが轍を作る音がよく聞こえるものじゃ。あの童たちがなにを喋っているのか、分かりもしない」

 十、二十の童たちが、円状になってなにかを話しているらしい。

「あの中心には、だれかがいるのじゃろうが、ここからは見えもせん」


 向こうから市女笠いちめがさを脱いだ女がやってきた。連れの者ふたりが持っている荷箱のなかには、もう鮮度さえ危うい食物かなにかが入っているに違いない。


 それにしても、賊に囲まれることなく無事に都に入れるかどうか、きっとあの三人も不安でしかたがないことだろう。が、生きるためにはしようがない。生きようとしながら死んだほうが、死を待ちながら生きるより、いくぶんかは気が楽なのかもしれない。


 この三人が対する牛車の向こうで、童たちが一斉に道へと飛びだした。

「あれは……なんとも元気なものですね」

 荷を背負ったふたりは、なんのことだか分からずに、互いに顔を見合わせた。と同時に、その表情に苛立ちを浮かばせていることも認めあった。


「もう、見えなくなるほど遠くに行ってしまいましたねえ……ほんとうに元気なものです。途中で倒れてしまわなければいいのですが」


 空には雲ひとつなくかんかんと陽が照っている。あの陽は、日に日に大きくなっているようにも思える。この陽にやられて、もう風というものは地上から姿を消してしまったのではなかろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る