33:待ってるから
リュオンの額をぽんぽんと叩く。
リュオンの腕をつねる。つねった個所を人差し指でぐりぐりしてみる。
「……起きないわね……」
何をしようと反応しないリュオンを見つめて、ルーシェは渋面になった。
(ただ眠っているだけのように見えるけど、痛みに顔を歪めもしないなんて明らかに異常だわ。痛覚が働いてないのかな……もしかして五感も?)
背筋を汗が流れたが、セラの前で怖気づいてはいけない。
努めて明るく振る舞わなくては。
ルーシェはジオとノエルからセラのことを頼まれたのだから。
二人は一時間ほど前にそれぞれ荷物を背負って出発した。
超長距離転移魔法を使って《魔女の墓場》へと二人を送り届けたメグは、五分と経たないうちに伯爵邸へ戻ってきた。
現在は魔法でリュオンを延命しつつ、同時に超長距離遠視魔法『千里眼』を使っている。
二人が《魔女の墓場》の外――魔法の《目》の届く範囲に出てきたら迎えに行く予定だ。
寝台を挟んで向かいの椅子に座るメグはリュオンの左手を握り、さっきから一言も話さない。
リュオンの手を包む彼女の両手は黄金の光を放ち続けている。
リュオンを見つめるその表情は真剣で、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
「…………」
右隣を見れば、セラは暗い顔で押し黙っている。
部屋の空気は果てしなく重い。
(私の恋人に触らないでーって怒ったり、いつもみたいに『止めなさい』ってわたしを制する気力もないのか……)
リュオンに触ったのはセラの反応を引き出すためでもあったのだが、作戦はあえなく失敗した。
「そんな顔しなくても大丈夫よセラ。手合わせしたときの二人の強さを見たでしょ? たとえ《天災級》の魔獣がいようとあの二人なら無事に帰ってくる。《オールリーフ》だってあるに決まってるわ」
自分でも希望的観測だと思いつつ、ルーシェはセラの肩を叩いた。
「……そうね。きっとあるわよね」
セラの表情がわずかに和らぐ。
ルーシェにできたのはそれだけだった。
その後ルーシェがどんなに言葉を尽くしても、セラを笑わせることはできなかった。
三十分後。
長丁場になりそうだし、ネクターに何か軽く摘まめるものでも頼んでくる、と言ってルーシェはリュオンの部屋を後にした。
後ろ手に扉を閉めて長々と息を吐き、気を取り直して歩き出す。
(《魔女の墓場》に《オールリーフ》がなかったら相当にまずいわよね……《オールリーフ》っていう薬草自体、わたしはいまのいままで知らなかった)
遠く離れたレアノールから来たセラも、あらゆる情報が集まる王都で暮らしていたノエルも聞いたことのない薬草だと言っていた。
《オールリーフ》はそこらで自然に生えているような薬草ではない。
(メグの話によれば、《魔女の墓場》には無数の魔獣がいる。せっかくの《オールリーフ》は魔獣に全部食われてる可能性もあるよね……もしも《魔女の墓場》になかったら、きっとセラは《オールリーフ》を探す旅に出るだろうな。でも、考えたくないけど……すごく考えたくないけど……希少な薬草を見つけ出すよりもリュオンの命が尽きるほうが早いと思う……)
嫌な想像ばかりしてしまい、思考がぐるぐる回る。
思い悩んでいる間に厨房に着き、ルーシェはネクターに三人分の軽食を頼んだ。
「……あまり思いつめてはいけませんよ?」
自覚はなかったが、よほど酷い顔をしていたらしく気遣われてしまった。
「はい。心配してくださってありがとうございます」
笑顔を作る。
食事の準備が整うまでは時間があるため、ルーシェは客間へ向かった。
開きっぱなしだった扉から中へ入り、描きかけのジオの絵を眺める。
――絶対に帰ってきてね。
出立の直前、ルーシェはジオの手を握ってそう言った。
――いや、そんな真顔で言われるとマジで死にそうだから止めてくれねー?
ノエルと共に荷物袋を背負い、すっかり身支度を整えたジオは茶化したが、ルーシェの表情を見て何か感じるものがあったらしい。
彼は仕方ないなあとでもいうように苦笑して、ルーシェの頭を撫でた。いつもと違って、戸惑うくらいに優しい手つきで。
――馬鹿だな、死ぬわけねーだろ。ちゃんと帰ってくるって。ノエルと一緒に、《オールリーフ》を持ってな。
なされるがままに頭を撫でられながら、ルーシェは彼の胸に額を押し当てて「うん」と頷いた。
――うん、信じてるから。待ってるから――
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