23:まるで恋する乙女のような

 その日の夜。


 これはただの落書きだよ、本格的な絵は明日から描くねと言いつつ、ノエルは画帳を一枚破いてジオの絵をくれた。


 絵の中のジオは真顔で、ごく自然に肩の力を抜き、まっすぐに前を向いている。


(ノエルの画力のなせる業かな。本物よりも随分格好良いような気が……いや本物も格好良いけど。口は悪いし、喧嘩っ早いし、なんか飄々としていて掴みどころがない奴なんだけど。ああ見えて決めるときはバシッと決めるのよね。今朝手合わせでノエルを負かしたときは痺れたわ。文句なんてつけようがないくらい格好良かった。でも、その後いかにも『褒めて』っていう顔でこっちを見たときは可愛かったな。あのギャップはちょっとずるいわ)


 ルーシェは二階の自室で鼻歌など歌いながらジオの絵を額縁に入れた。


 壁に飾られたジオの絵を見て満足し――ふと我に返り、ごつっと壁に額を押し当てる。


(……って!! なんでわたしは上機嫌で鼻歌なんて歌ってるのよ!! なんで部屋の一番目立つところにジオの絵なんて飾ってんのよ!! いや、せっかくノエルが描いてくれた絵なんだから飾らなきゃ損じゃない? でもそれにしたって、元々飾られてあった風景画と入れ替えてまで壁のど真ん中に飾る必要ある!?) 


 やっぱり初期位置に戻すかと美しい風景画に手を伸ばしたものの、額縁に手を掛けたところでルーシェは動きを止めた。


 数秒して手を引っ込め、再び壁に頭をぶつける。


(~~~~ああああ! なんかこれじゃわたし、あいつのこと好きみたいじゃない!? 違うし! 違うんだから、単純にノエルの絵が気に入った、そうよそれだけなのっ!!)


 誰にともなく言い訳しながら、ルーシェは部屋着に着替えた。

 寝台にうつ伏せに寝転がり、顔を上げてまたジオの絵を見る。


「…………ふふー♪」


 ふかふかの寝台に両肘をつき、両手で頬を支えながら足をゆっくり上下に揺らす。


 そしてまた自分が何をしているのかを自覚して倒れ、悶絶する。


(だから、恋する乙女かっつーの!! 似合わないっつーの!!)


 泣いてんじゃん、そう言って、抱きしめてきた力強いジオの手の感触を思い出す。


 牢屋に入ることになっても構わない、そう言い切ることができるほどジオはエリシアに怒っていたのに、ルーシェが泣くとすぐに彼は前言撤回した。


 怒りの感情よりも、ルーシェを優先してくれた。

 思えばいつだってそうだ。

 いままで何があろうと、彼はルーシェのことを最優先で考え、大事に守ってくれた。


(……あいつはわたしのことどう思ってるのかなあ……)


 少なくとも嫌われていないのは確実だ。嫌いな人間を護衛し、ここまで連れてきてくれるほどジオも酔狂な人間ではない。


 好かれてはいるのだろう、とは思う。


(じゃあ、その『好き』は、同じ孤児院で育った相手に対する友情からくるもの? それとも親愛? 恋愛、とか……)


 ぼっ、と、火をつけたようにルーシェの顔は熱くなった。


(れれれれ、恋愛なんてまさかそんな――)


 でも、もし、彼に「好きだ」と言われたら?


(わたしはなんて答えるんだろう? そりゃ、嬉しくはあるけど……えっ嬉しいの? 喜んじゃうの? それってつまり――もうそれが答えなんじゃないの?)


 顔の温度が臨界を突破した。


(………………あーもう、寝ようっ!!)


 部屋の明かりを消して寝台に潜り込み、静かな部屋の中で雨の音を聞く。


 眠る前の習慣としてルーシェは目を閉じ、ラスファルの街全体を覆う結界に意識を飛ばした。


 結界と自分の意識を同化し、結界を通して街を『視る』。


 雨に煙る夜の街。


 真夜中を過ぎた大通りは昼間の賑わいもなく、傘を差して歩く人の姿がちらほらとあるだけ。


 この前セラたちと一緒に行った『蝶々亭』の前では酔っぱらい同士が軽い喧嘩をしていて、濃紺の軍服を着たラスファルの警備兵が仲裁にあたっていた。

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