22:ノエルのお絵描き大会
「オレはユリウスの友達ってわけでもねーけどさ。ほとんどルーシェのオマケでここに来たオレをユリウスはこの館の主人として歓迎してくれた。この五日間、あいつはそれとなくオレに気を遣って、何不自由なく暮らせるようにしてくれた。エルダークでは貴族連中に散々やられたから、貴族なんて全員クソだと思ってたけど、初めてまともな貴族もいるんだなって思ったよ。オレは底辺育ちで学もねーが、人を見る目には自信がある。ユリウスは良い奴だよ。本来なら愛した女性を慈しみ、大切にできる奴だったはずだ。それをあそこまで傷つけて歪ませたエリシアが許せねー。オレは女には手を上げない主義だが、気に入った奴を傷つけられた場合に限って話は別だ。牢に入ることになっても構わねーよ」
「止めて、そんなこと言わないで。お願いだから。ジオが他人のためなら本気で怒れる人だっていうことは良く知ってるけど、わたしは犯罪者の烙印を押されたジオなんて見たくないわよ」
泣きそうになりながらジオの手を掴んで訴える。
ジオはルーシェの顔を見て、多少冷静さを取り戻したらしく口を噤んだ。
「……驚いたな。ジオ、いま本気だったでしょう?」
「ああ、至って本気だったよ。でも、そうするとルーシェが泣きそうだから、やっぱナシで。こいつ、いったん泣き出すと長いんだよ」
ぶっきらぼうな手つきでジオがルーシェの頭を撫でる。
その拍子に涙がこぼれ、ルーシェは指先で目元を拭った。
「泣き虫」
「……泣いてないもん」
「いや、泣いてんじゃん」
ジオは呆れたように言ってルーシェの後頭部に手を回し、もう一方の手も使って身体ごと抱き寄せ、自分の胸に押し付けるようにした。
(ひ、人前で何してるのこの人!!)
とは思ったが、逃げればそれで終了なのはわかっていたのでルーシェはなされるがままジオにくっついた。
頰は熱く、心拍数は跳ね上がる。
心臓の音はうるさすぎて、ジオに聞こえているのではないかと不安になるほど。
でも、不思議と離れたいとは思わなかった。
「ふふ」
ノエルの笑い声が聞こえる。
「兄さんのために怒ってくれてありがとう。怒りを理解してくれる人がいるのはいいものだね。エリシアへの恨みや怒りはどうしたって消えることはないけれど、それでも、なんだか気持ちが楽になったような気がするよ。気分が良いからエリシアがどんな女性だったのか描いてあげる」
ノエルはいったん退室し、画帳と銀筆を手に戻ってきた。
そのときにはルーシェも泣き止んでいたため、皆と一緒にノエルを囲み、彼が描き出す女性を見守った。
ノエルは五分ほどでエリシアの姿を描き上げた。
「すげーな……いまにも動き出しそう」
「ノエル様は絵画の才能にも恵まれておられるのね……」
「ノエル、あなた軍人を辞めて画家になるべきよ。売れっ子間違いなしだわ」
美術館に展示されていてもおかしくはないほど素晴らしく上手な絵を見て、全員が感心した。
「上手ねー」
これまで会話に参加していなかったメグも背後で手を組み、しげしげと絵を眺めている。
「ねえねえ、ジオの絵も描いて貰えない?」
エリシアの姿を目に焼き付けた後で、ルーシェはノエルに頼んだ。
「なんでオレ? 絵なんか描かなくても実物がいるじゃん」
「芸術を理解できない人は黙ってて」
ぺしっと軽く彼の腕を叩く。
「いいよ」
ノエルは画帳をめくり、じっとジオを見た後、サラサラと筆を動かし始めた。
まるで落書きのような気軽さだが、その絵はやはり恐ろしく上手い。
「あっ、私もリュオンの絵が欲しい。壁に飾りたいので……お願いします」
セラは懇願するようなポーズを取った。
「壁に飾るの? だったら気合入れないと……色も塗ったほうがいい?」
「是非!」
期待に輝く姉の目を見て、ノエルは困ったような顔をしてリュオンを見た。
「えー……と。そうだな、じゃあ、リュオンにはモデルになってもらって本格的に描こうか。……うん。わかった。ジオの絵にも色を塗るよ、だからそんな目で見ないでくれるかな」
「ありがとうノエル!!」
胸の前で両手を合わせ、満面の笑みを浮かべる。
「なあノエル、おれもセラの絵が欲しいんだけど」
「ちょっと待って。みんな好き勝手言ってくれてるけど、ぼくは一週間後に王都に戻るってこと忘れてない? 色つきで三枚も描けないって。今日からずっと絵を描き続けろと?」
ノエルは渋面になった。
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